√ ルート
通りかかった新規オープンのラーメン屋に何となく入ってみれば元は長安にある何とかいう店の分店だった。
「こんなトコまで来て長安の店のラーメン食わなくても」
と悟浄が苦笑すれば
「じゃあ悟浄の分俺が食うっ!」
勢い良く悟空が悟浄のどんぶりに箸を突っ込もうとする。
いつもと同じ光景。いつもと同じ食事時の喧噪。 違うのはこんな大騒ぎには「静かにしろ」との怒声と同時にハリセンを振り下ろす筈の三蔵が何もしないでいる事。
三蔵は今朝からすこぶる機嫌が悪い。



「替え玉っ!」 と言って悟空が二杯目を食う頃になっても三蔵のどんぶりにはまだ麺が半分残っていた。 他の仲間が餃子だの焼売だのを摘みながらそろそろ食い終わるかと言う頃だと言うのに三蔵だけが未だ麺をずるずる啜っている。 それは、三蔵が猫舌だからなのだがそんな事さえも三蔵自身には面白くなく思える。
以前悟空に「三蔵は伸びたラーメンが好きだ」と言われたが別に伸びた麺が好きな訳で無く伸びる前の麺を食べた事が無いだけだ。 それというのもこの猫舌のせいで。
無理に熱いのを食っても口の中を火傷するだけなので気にしてはいないがと三蔵は思っている。
と、同時にこんな事を思う。
・・・けれど何だか面白くない、と。



仲間達がテーブルの上の料理を平らげきって手持ち無沙汰にコップの冷水を飲み干した頃三蔵は箸を置いた。 一度も口を付ける事も無かったコップに矢張り最後迄手を伸ばす事の無い侭「先に出るぞ」とだけ言って席を立った三蔵の後を追うように悟空が急いで席を立つ。
「先に・・・って」
皆あんたが食い終わるのを待ってたんだっつーの。呆れた様に悟空とその保護者の背中を見遣る悟浄に八戒がそっと問い掛ける。
「悟浄、何か身に覚えがあるんじゃないんですか?」
「ああ?何で俺が」
「いえ、悟浄は昨日三蔵と同室でしたよね?で、朝になったら三蔵はあんな不機嫌になっていますし・・・ 喧嘩でもしたんじゃないかと思ったんですが」
「一緒の部屋に寝ただけで機嫌悪くなられちゃたまらねえって」
一緒に寝たのは部屋だけじゃなくてベッドもなんだけど、と悟浄はこっそり思ったがそれは八戒には内緒にしておく。 ついでに三蔵の不機嫌の理由もちゃんと知っているが勿論それも内緒だ。
「あの坊主が機嫌悪くなる切っ掛けなんてオレに分かるかっつーの」
「まあそれもそうですけどね」
店の外にまで列の出来ている様子に気が付いて、会話を打ち切り八戒は伝票を掴んで立ち上がった。



会計を終えた八戒が暖簾を掻き分けて店の外に出ると店のスタッフに「花を持って帰って下さい」と声を掛けられた。 「花?」と思いながら先に店を出た仲間の姿を探すと、開店祝いとして寄せられた大量の花輪の前にその姿はあった。
花輪に手を突っ込んで選んだ花を抜き取っている悟浄の姿を目に止めてまず頭に浮かんだのは、 「旅をしている身で花を貰って帰ってどうするんですか」という尤もな疑問だった。 次いで、「三蔵がなんて言うか」・・・と思いその三蔵の方に視線を転じてみれば悟空に纏いつかれながら花を両腕に抱え込む三蔵の姿があった。
「悟浄・・・どうするんですかその花」
近付き問い掛けてみる。
「さあ?」
「さあって・・・」
「三蔵様だってやってんだから気にしないで良いって事でしょ。宿の女の子にあげるとか何とかなるって」
機嫌良さげに悟浄の抜き取った花の色は紫。
「何でしょうねこの花・・・紫の薔薇・・・とも違いますし」
「うーん、そうなんだよね。何だろ?」
大輪のカサブランカやデンファレの影に埋もれるように、はっきり言って隠れていると言っても良いその紫の花を悟浄は躊躇い無く手元に集めて行く。 名も知らぬ紫の花の本数に満足したらしく次に手を伸ばしたのは黄色い小花。
「これはミモザですか?」
「何だか俺にも分からない」
遠慮なく花束を纏め上げる悟浄に、もしかして悟浄は花が好きなのだろうかと八戒は思ったのだがそういう訳でも無いらしい。 そもそも同居していた頃花を生けている姿なんて一度も見た事が無かったし、そう言えばあの家には花瓶が無かった気がする。 三年間同居していて「気がする」程度にしか覚えが無いと言う事はつまりそれだけあの家に花は無縁だったと言う事で。
「なあ、新聞何処にあるんだ?」
先に花を纏め終えて新聞で花束を包んだ三蔵に悟浄が声をかけると無言で三蔵は手にした新聞をこちらに寄越して来た。 どうやら新聞は店で用意してある訳では無く自分の持っていたものらしい。
「サンキュ」
悟浄は気にせず受け取ったが、既に読み終わっていたと言う事なのだろうが三蔵がそんな用途の為に新聞を手放した事に八戒は驚いた。
悟浄が新聞を地面に広げ、手に持った花を一度新聞の上に置く。 くるくると巻かれて完成したその花束は薄い紫の薔薇に似た花弁の多い花と可憐な黄色い小花だけで纏め上げられたシックなものだった。
「ど?」
「へえ・・・綺麗に纏まりましたね。悟浄はどっちかと言うと華やかな感じの方が好きかと思ってたんですが」
「いや俺もさ、最初はゴージャスなのにしようと思ってたんだけど、何かこの紫が目を引いて」
自分で拵えた花束を覗き込んでにこりと笑った優しげに細められた瞳。
恐らくはこんな田舎では大きな花屋など一軒きりしか無く、そんな折り寄せられた大量の花輪の注文に、 店のありったけの花を出して来たのだと思われる取り留めのない組み合わせの花輪。 どの花輪も同じような花が同じ位の分量に分散されていて正直言って一つ一つで見るとあまり見た目が良いとは言えない組み合わせになっている。 そんな花輪で最初に目を引くものと言えばカサブランカ(とにかく大きいので)や真紅の薔薇(色が目立つので)であって、 紫の花は悟浄に言われなければ其処にある事さえ気が付かなかったような存在だった。
「・・・そう言えば三蔵はどんな花を選んだんでしょうね」



先に歩き出している悟空と三蔵の後を八戒が足早に追って三蔵が無造作に抱えた花束を八戒が覗き込んでみると其処には一面の真紅。

この人達は何時の間に・・・。

何時まで経っても進展のない二人だと思っていたら。
この二人は幾ら乗算しても永遠に正数にならないのではないかと思ったりもしていたのに。

内心驚いてはいたが、八戒はそれを口にする事は無かった。代わりにぽかんと口を開け三蔵の後ろ姿を見つめた。



「三蔵って菊とか蓮が好きなのかと思ってた」
三蔵が選んだのは真紅の薔薇。他の花を一種も混ぜず真紅だけで構成された花束を覗き込みながら悟空が言う。
「そりゃ仏花だろう。・・・何となく目に付いたんだよ」
花束を抱えている人間におよそ似つかわしくない仏頂面をしながらも三蔵が答える。 そろそろクソ河童のヤツを許してやっても良いか、などと考えながら。


いつも白い法衣を纏っているせいか、何となく三蔵には白や淡い色の花が似合うと思っていたけれど。
隣を歩く三蔵の腕に抱え込まれた真紅は金髪に映えてとても似合うと、悟空は思った。

ガードレールから大分後の話。

振り回される八戒さん。ラーメン屋で花束と言うのは実話@福島。

ハイヒールに続く。

100題