墓碑銘
「最高僧」三蔵法師様と一寸した、物騒な縁で知り合ったのは3年前。その3年前からの同居人と共に、 どう言う訳だか三蔵法師様の任務に同行させろと最高僧様よりも更に尊い三仏神様とやらから命が下ったとかで三蔵と、 それから三蔵のペットの小猿も一緒に男4人で西方へ旅を始めて一週間。
西へ、だなんてどんな道行きかと心配していたのだが幸いな事に毎日適当な街に辿り着きちゃんとした宿の寝台にありつけている。 そして今日のお宿は二人部屋が二つ。 二人部屋の時の部屋割りは話合いなんて面倒な事はせずカードやその他、とにかく毎日適当に決めている。 本当だったら俺は八戒と、三蔵は悟空と一緒にしておけば良いと思うんだがまあその辺りは八戒の強い要望により、 現在に至る。
・・・訳なのだが。
差し出された4枚のカードのうち同じスペードのカードを引いたのは俺と三蔵。
三蔵と同室になったのは今日が初めてだったが別に嬉しくも何ともない。 いつも眉間に悩ましげに深い皺を寄せた短気な坊主と同じ部屋で喜ぶヤツはこの世で悟空と八戒の二人だけに違いない。 しかも三蔵は短気なくせに口数が極端に少なく、前振りなしにいきなりメーターマックスで怒り出すから始末が悪い。
あー、今日は三蔵サマと一緒か。こ煩えのに当たっちまったな。
そう思いはしたが上っ面を繕う事にかけてはかなり自信のある俺様は、イヤがってる素振りなんてちっとも見せはしなかった。 俺ってオトナだし。
処がだ。
自分で引いたカードを顰めっ面で一瞥した後、三蔵はこう言った。
「八戒。部屋替われ」
「はい」
あろう事か八戒までもがその三蔵の当然のような申し出を即座に受けた。
一寸待ってくれよ。ナニそれ?
俺あんたにそこまで露骨に避けられる程嫌われてんの?
「三蔵サマそりゃあんまりじゃねえ?」
「エロ河童と一緒の部屋なんざごめんだ」
三蔵の肩に腕を乗せながら言うといつものように即腕を叩き落とし何の感情も籠もっていない声で三蔵が答えた。 こいつが傲岸不遜なのは今に始まった事では無いし嫌われているんだったらそれはそれで良しとしよう。 が、八戒までもが咎め立てする事無く部屋割りを変える事に躊躇無く同意したと言う事は、 八戒でさえ三蔵が俺をそこまで嫌っていると疾うに承知していたと言う事で。 そう言えばジープの座席でも三蔵と隣同士になった事が無いな、なんて事まで思い出してしまった。
・・・ムカつくぞてめえ。
確かに俺達の出会いは永遠の友情を約したくなるような心温まるものでは無かったが。 そんなにまで近くに居たくもない程嫌っているのだったらお偉い三仏神の命だろうが何だろうが断れば良かったじゃねえか。
「ちょっと待てよ」
「何だ」
ちらと一瞥する三蔵のその視線の、本当は見るのもイヤなのに呼ばれたから仕方なく顔を向けてやってるんだと言わんばかりの冷たさ。
「あんた自意識過剰なんじゃねえの?ちょっと小綺麗な顔してるからって俺があんたにちょっかい出すとでも思ってるワケ? 色っぽいオネエさんならともかく男になんか手は出さねえよ」
吐き捨てるように言うとその場の空気が凍り付いた。
陳腐な表現だが正にその通りとしか言いようが無かった。三蔵は相変わらず無表情で怒ってるのか怒ってないんだか分からなかったが。
「え?」
「悟浄?」
悟空と八戒が同時に口を開いたその時腹に衝撃を感じよろめいた。 拳が入ったと認識した瞬間腹筋を締めたので内臓にダメージは受けなかったが足下がぐらついた。 たたらを踏んだその隙を見逃さず足払いをかけられ床に突き倒されて背後から首を締め上げられた。
「クソ・・・ッ」
「三蔵・・・!」
何かと言うと銃を乱射する三蔵だが、銃を持ち出すまでも無いと思っている時を除くと実は本気で怒ってる時は銃は使って来ない。 この3年にそんな事が分かる程度には俺は三蔵と言うヤツを見てきたつもりだった。
ああ、三蔵サマ本気で怒ってんだ・・・と思いながら顔を上げると、 もとい締め上げられ自然に首が反ったのだが自由になる眼を動かし辺りを見回すと、 止めようか止めるまいかとその場でうろうろと惑っている悟空の姿が目に入った。
「悟浄・・・謝って下さい!」
あぁ?何で俺が三蔵のヤツに謝ってやらなきゃいけないのよ?
「余計な事を抜かすな!」
おろおろとその場で叫ぶ八戒に向かい耳元で怒鳴り返す三蔵の台詞に『そりゃこっちの台詞だっつーの』 と思った時背中に妙な感触を覚えた。 背後からのしかかる形で腕を使って首を締め上げて来る三蔵の胸が俺の背中にぶつかってくる。
ええ・・・っと?
抵抗する事も忘れ身体から力が抜ける。
と、俺がオチたと思ったのか三蔵が締め付けていた腕の力を緩めた。 その瞬間、俺は三蔵の腕から素早く抜け出し身体を反転させ三蔵の胸を両手で掴んだ。
「な・・・っ!」
「・・・・・・!」
悲鳴を上げた俺と対照的にぽかんと口を開き固まったのは、三蔵の方だった。
「・・・・・・三蔵サマ、あんた」
両手の平に小さいながらも柔らかい感触。
「胸に肉マンでも入れて・・・っブッ!」
言い終わる前にアッパーカットを喰らった。
「殺す」
さっと首に朱を上らせた三蔵だったが次の瞬間青ざめたかと思うと今度は両手で俺の首を絞め始めた。
「・・・知らなかったんですか悟浄」
今度はもう八戒も制止しようとはしない。
「安心して死ね。卒塔婆くらいは書いてやる」
聞こえて来る声と共ににやりと口の端を上げ凶悪に嗤った三蔵の笑顔が、急激に暗くなる視界の中最後に視野に留めたものだった。