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経文
もうじき日も変わると言う時間になって漸く三蔵は帰宅した。 これからメシ喰って風呂入って夜明け前に起きて仕事に行くヤツの帰って来る時間じゃないと思うがここの処寺での仕事が立て込んでいるとかで毎日三蔵の帰りは遅い。 夏場より陽の昇るのが遅い今の時期、 三蔵が起き出すのは夏に比べると一時間位遅い時間だがそれでも今からだと4時間も眠れないだろう。 「お帰り。メシは?」 「いらねえ」 とは言っても三蔵は実は夕飯を食べてないに違いない。 目の下のクマは昨日見た時よりも酷くなっているし頬のラインもシャープと言うと聞こえは良いがこそげ落ちたように鋭角的になっている。 眠たげに目をしょぼしょぼさせて返事するのを聞くと、もっと寺に近い辺りに家を借りれば良かったと今更ながら後悔する。 「風呂出来てるけど」 「ああ」 短く答え風呂場に直行する三蔵が途中でよろけて壁にぶち当たるのを見て風呂で溺れるんじゃねえだろうな、と本気で心配になった。 溺れる事なく無事三蔵が風呂から上がる頃には日付が変わっていた。 濡れた侭の髪を寝間着の襟足に纏わり付かせて自室に向かい歩いて行く足元も何処か重たげな眠さのあまり眉間に皺の寄った三蔵を呼び止める。 返事をするのも面倒なのだろう、訝しげに眉を顰めながら黙って三蔵は振り返った。 「あの、さ。これ開けてみて?」 無言で突っ立っている三蔵にそう言って小さな箱を手渡す。 自分からは差し出して来ない手をそっと掴んで持ち上げてその手に押し包むように掌の中に収めてやると自らの掌に載る位の大きさのそれを、三蔵は何の感慨もなさげにじっと眺め遣る。 誕生日プレゼントなんて言ったら誕生日と言うモノに思う所の一つも無いらしい三蔵は受け取ってくれないだろうと思ったので本当は前日に渡すつもりだったのだが、 結果として三蔵の帰宅が遅かった為誕生日当日の(しかも日が変わってすぐの時間にだ)プレゼントとなった。 まあソレでも良いよな、うん。つうか要らぬ処で苦労してるよな、俺。 ちょっと自分を可哀相に思いながら三蔵の指が箱を開くのを見守る。 ぱかりとくぐもった音と共に蓋が開かれた。 「・・・・・・」 箱を渡した時から無言だった三蔵は相も変わらず無言の侭眉根を寄せ訳が分からないと言う風に中身を見つめていたが徐に親指と人差し指で摘み上げるようにしてそれを箱から取り出し。 「うわあああっ!喰うなッ!」 口の中に放り込もうとした。 「止めてくれよ三蔵〜」 「・・・・・・」 半泣きになりがっしと三蔵の腕を掴んで止める。 「いや・・・もう良いから。あんたが起きてる時にやり直すから」 情けない気持ちで三蔵の指から指輪を取り上げて箱に戻した。 「・・・・・・」 「もう寝て良いよ」 そう告げると半分寝惚けているのだろう、先程迄箱を載せていた今は空っぽの掌をぼうっと眺めた後、 三蔵はこくりと頷いてから俺の横をすり抜けて廊下の奥へ進んだ。 「いきなり喰おうとするなんて一体何と間違えたんだ・・・」 ドアの向こうに三蔵の姿が消えるのを見送って、溜息と共に壁にもたれ掛かる。 タテ爪の石付きのリングなんかじゃなくてファッションリングだが実はデザイナーズブランドで自分用に買いたい位のモノだった。 慣れない事なんてするんじゃなかったな、内心溜息を吐きながら思う。 別に大喜びしてくれるとは思っちゃいなかったがプレゼントだと認識もして貰えなかったのは結構イタイ。 どうせ三蔵は今の一連の事なんざ覚えちゃいないだろうから自分用にしちまおうかなあ。 ちょっと遅めの誕生日プレゼントっつう事で。うわ、自分で自分にプレゼントかよ寒いぞオレ! 「俺も寝るか・・・」 虚しく考えてから壁から背中を離して大きく伸びをする。 部屋に入る前に俺の部屋と斜め向かいにある三蔵の部屋のドアを何となくそっと開けてみると灯りを消し忘れた侭三蔵はベッドに横になっていた。 大丈夫かよ三蔵・・・。 ヘンな処で几帳面な三蔵が灯りを点けっ放しで寝入ってしまうなんて余程疲れているんだろうと、 足音を立てないようにベッドに近付きかけた時俺はそれに気が付いた。 机の上にきちんと皺を伸ばして置かれた経文(これは多分魔天経文だろう)と、 固く巻いた侭の経文(そしてこっちは聖天経文だ)、 宿でセッティングされている浴衣の如く綺麗に畳まれ椅子の上に置かれた法衣。 銃は恐らく枕の下にでも潜らせてあるんだろう、目に付く処には置いてない。 どれだけ寝惚けてても経文と法衣の扱いだけはきちんとしているのは、 三蔵にとっては当たり前の事なのかも知れないが何だか少し、いや実はとても口惜しい。 俺なんかどうせ経文以下だ線香臭い紙切れ以下だ。 五巻全てが揃えば世の理をも動かす力を持つと言う天地開元経文と張り合った処で勝ち目なんかある訳ないのは分かってはいるのだが。 三蔵は入口に背を向けて壁側を向いて眠るので寝顔が見えない。 濡れた髪をロクに乾かしもしないで寝てしまった三蔵の後ろ頭を見ながら手にした侭だった小箱の蓋を開く。 メタルシルバーのごついデザインのそれは三蔵にはちょっと派手だったかも知れない。 自分で使っちまおうかなと言うのはつい先程浮かんだ考えの筈だったが、 無意識のうちに受け取って貰えない事を前提として自分の好みのモノを選んでいたのだろうか。 俺って結構可哀相かも・・・。 「何だよこの陰険生臭坊主。ハゲ。タレ目」 「う・・・」 小さな声で呟きながらそうっと毛布を捲り上げシーツの上に投げ出された腕を掴むと撥ねるようにぴくりと震えて呻くので思わず動きを止めた。 口で何と言っても自分の都合だけで眠っている三蔵を叩き起こして負担を掛けたくないと、そう思う程に大切に思っているのだから。 暫くその姿勢で固まった後そろそろと寝ている三蔵の上に身を乗り出しつつ腕を自分の方に引き寄せる。 掌に手を添えてやり指を伸ばしてサイズを目測する。 中指で良いかな・・・。 ヨシ、と決意を固めて力無く半ば丸まっている三蔵の指に指輪を嵌めて行く。 これで、寝る時に肩から外される経文には勝った・・・! 銀色の指輪の嵌った三蔵の手を持ち上げてささやかな喜びに俺は鼻息を荒くしたが三蔵は目を覚ます事無く眠りこけた侭だった。 三蔵様BD。 眼鏡から数ヶ月後。 33題 |