初めて人を殺した日、三蔵は死体の下からのろのろと掴まれた侭だった脚を引き抜いた後途中で見掛けた河へ向かい歩いて行った。 手も足も冷たくなっても何度も何度も繰り返し血を洗い流して、 取り敢えず何処かちゃんとした処で身体を休めなくてはならないと近場の街へと足を向けた。 あまり雰囲気の良い街では無かったがともかく、二度と物盗り如きに遅れを取らないで済む程度には体力を回復する必要があった。 どうせ一日で発つ街だと思った所為もある。深く気にも留めず宿を取った。
湯を使った後日の高い時間だったが早々に寝台に潜り込んだ。 幾つも夢を見た。あまり良い夢ではなかった気がするが良く覚えてはいない。視界が赤に染まり胃の腑が冷えて不快さに覚醒した。 ここ数日の夢見の悪さは野宿の所為かと思っていたのだが、 野宿だろうがきちんとした寝台だろうがどの道夢見が悪いのは変わりないらしい事は分かった。 それでも横になって休んだ事で多少は体力が回復したらしかった。
窓の外を見ると既に日が暮れていた。何か栄養を摂取出来るものを胃に入れる必要があったので部屋から出て階下へ降りた。 一階は食堂になっていた。テーブルに着き注文を取りに来た店の者にこの辺りに妖怪、 或いは妖怪の混じった夜盗か窃盗団はいないかと尋ねてみたが返事は芳しくなかった。 頼んだ軽食が卓上に置かれる。ここ数日ロクに食事もしていなかった筈なのにどうしても目の前の料理を食べる気がしなかった。 一口二口つついてはみたが目の前に昼間自分が殺した男の原型を留めない迄に崩れた頭蓋が甦りそれ以上は食べ物が喉を通らなかった。 一撃で絶命した男の死体に向かい弾が切れるまで弾丸を撃ち込んだのが当の自分であったとしても。
周りの奴らの物珍しそうな視線が鬱陶しかった事もあり三蔵はそれきり席を立った。


部屋に帰っても特にする事も無かったので再び眠る事にした三蔵が人の気配に目を覚ましたのは夜中を少し回った頃だった。
起き上がって手早く身支度を整え枕の下に隠しておいた銃を片手で握り締めてからドアの影に身を潜める。
小さく軋む音と共にそうっと開かれたドアに、部屋の外の明かりが入り込んで来る。 その眩しさに目を細めながら三蔵は侵入者の姿を確認する。男が一人、二人・・・恐らく部屋の外にもう一人。 先程食堂で見掛けた男達だった。 注意深く見ていればあの男達が店の給仕を呼び止めた後三蔵の方を顎でしゃくりながら金を渡したのが分かった筈だが、 生憎三蔵はその場面を見ていなかった。
「・・・いないぞ」
寝台に近寄った体格の良い男が声を上げる。 本来であれば睡眠薬で前後不覚に眠りに落ちている筈の姿を捜して男の視線が寝台の周囲を探る。 三蔵が食事を殆ど口にしなかった事を男達は知らない。
食事に薬が盛られていた事を知らない三蔵が扉の影で息を潜めながらこいつらは何者かと考える。
人間に見えるが、自分の追っている者なのだろうか、それとも関係無いのだろうか。
「明かりを点けろ」
命じられ残りの男がドアの後ろの明かりのスイッチに手を伸ばす。カチリと言う音と共に部屋に溢れる光に一瞬目が眩む。
「・・・ん?アレ?」
三蔵は自分が見付かった事を悟った。
「こんなトコロにいやがった」
「・・・何者だ」
ひひ、と下卑た笑い声を上げる男達に向かい三蔵は問い掛ける。 今しがたスイッチに手を伸ばした男は背は高いがひょろりと痩せている。
「貴様らは経文の在処を知っているのか」
「経文?何だソリャ」
その答えに失望したが「じゃあてめえらにもう用は無い。帰れ」と言った処で聞く相手では無い事は見て取れた。
「ホラ、こっち来いよ。無駄な抵抗しなけりゃ乱暴な事はしねえぜ」
「そうそう。俺達だって商売モンに傷なんか付けたくないしな」
その言葉に不愉快な薄ら笑いを浮かべたこの男達が盗賊では無い事は分かった。
ドナドナ、と言う歌を三蔵は知らなかったが人買いと言う言葉は知っていた。
こいつらは、俺が可愛い小坊主だからと、否違った今は三蔵法師だ、ともかく俺を攫って売り飛ばす気だ!
三蔵は背後に隠し持った銃を持つ手に力を込めた。
可愛い子には旅をさせろとは言うものの可愛い子の一人旅は危険だと言って僧正様が持たせて下さった護身用の銃。 (注:そんな事言われてません)
昼間に続きこんな短期間に何度も使う事になると、あの時は思わなかったが矢張り僧正様は間違っていらっしゃらなかったと、 三蔵は僧正の心遣いに深く感謝した。
そして「ピンチのーピンチのーピンチの連続ー」 と言う歌を三蔵は知らなかったが知っていたなら歌うなら今正にこの時だと思ったろう。
「金髪は珍しいし高く売れる・・・」
そう言って手を伸ばした男に向かい三蔵は発砲した。 身長差がある事を考慮し上向きに構えた銃から飛び出した弾丸が男の顎から脳を突き抜けたのは不幸な偶然だった。
返り血を正面から被った三蔵が倒れる男の身体越しに見たものは、 昼間の男達のように仲間の死に怯んで逃げ出す事無く「このガキがあっ!」 と怒声を上げながら自分に向かって来る残りの仲間の姿だった。
機械的に腕を上げて自分に向かって来る男に発砲する。 今度は死ななかったらしいが何処かには当たったらしかった。 確認する間も無く男の悲鳴を背後に聞きながら部屋を飛び出ようとすると、 廊下で待機していた残りの仲間が様子を見に中に入って来るのと鉢合わせした。
「・・・ッ!」
闇雲に発砲する。今度は腹部に命中した。
「ぎゃああああっ!」
続く銃声と叫び声に他の泊まり客が様子を見に部屋のドアを開けるが構わず廊下を走り抜け階段を駆け下りた。 階下に降りて何人か突き飛ばしながら尚も三蔵は走った。宿の外へと。
掴まったら売り飛ばされてしまうと、その恐怖のみが三蔵を突き動かしていた。
あれだけ他の客がいたのに何故俺だけ。
理不尽な怒りを抱えながら街中を人の少ない通りを選んで走り続けた。 幾度目かの角を曲がり三蔵は記憶の中でしか聞けなくなった師の言葉を思い出す。
「江流は本当に可愛いですねえ」
今よりも随分幼い頃から繰り返し、頭を撫でられながら幾度も言われた。
俺が、可愛いからこんな目に遭うんだ。
俺が、可愛いからあんな変質者に狙われるんだ。
息を切らせながら三蔵はそれでも走る事を止めなかった。恐怖に震える体を脚を叱咤して街の外へと走り出た。
そしてその日から三蔵にとって「可愛い」と言う言葉は誉め言葉では無く嫌悪の引き金となる単語へと変わった。









珍しく刺客の襲撃にも遭わない侭平穏無事に宿に辿り着いた日、悟浄が室内を泳ぐジープを見てこう言った。
「ジープって正面から見るとのっぺりした顔してて可愛いなあ」
「何で正面限定なんですか」
苦笑する八戒の台詞も三蔵の耳には入らなかった。
今、悟浄は「可愛い」と言わなかったか?
何故、自分の飼っているものならいざ知らず八戒のものであるジープをわざわざ「可愛い」なんて言葉を使って誉めるんだ? 大体今迄一度もそんな事を言った事が無かったのに何故突然そんな事を言い出す?
「そうら、こっち来い」
三蔵の視線の先でジープは細長い体を空中でうねらせ向きを変える。
「ピイ?」
三蔵が怖気立っている間に悟浄は腕を差し伸べてジープを飼い慣らそうと試みていた。 飼い慣らして売り飛ばすつもりなのだと、三蔵の脳裏にはその発想が突如浮かび上がった。
「・・・触んじゃねえっ!」
悟浄に向かい何の疑いも持たず飛んで行き、今正に悟浄に抱きすくめられようとしていたジープを三蔵は寸前でかっ攫った。 ここは大きな街だから珍しい動物のブローカーでもいるのかも知れない。河童の手にジープを渡すのは危険極まりない。
「何すんだよ三蔵」
「ピイ?」
「どうしたんですか三蔵?」
むっとしたように言う悟浄の言葉にも八戒の問いにも三蔵は答えなかった。
「ほーら、ジープこっちに来いよ」
「駄目だ」
悟浄からその姿を隠すように三蔵はジープを抱きかかえて背を向ける。
「ピイ・・・?」
「そんな陰険坊主なんかより俺の方が良いだろ?」
三蔵の腕の中から頚を伸ばして困ったように啼くジープに勝ち誇ったように悟浄が重ねて言う。
「駄目だ。あんなヤツの処に行ったら不幸になるぞ」
懇々と諭すようにジープに告げる三蔵の腕の力が強くなる。
「・・・・・・ピイ」
「三蔵、それはちょっと悟浄が可哀相では・・・」
「ぎゃはははっ!」
「ちょっ!何で不幸だよ!」
「可愛いだとか抜かすヤツに碌なヤツはいない」
断言する三蔵の台詞に、悟浄は頚を傾げた後腰に手を当てて三蔵の顔を覗き込んだ。
「ははーん・・・三蔵サマ、俺がジープの事可愛いって言ったから妬いてんの?」
「近寄るな」
八戒も悟空も、何故面白そうに見ているだけでジープを救い出そうとしない? 悟空に至っては寝台の上で阿呆のように腹を見せてもんどり打っている処だ。
この侭ではジープが危険だと、手を離した後ジープが飼い主である八戒の元へと飛んで行く事を期待して三蔵は手を緩めた。 ぱたとジープがその大きな翼を軽く揺さぶり上昇する。
「三蔵サマも可愛い・・・」
可愛い処あるねえ、と言葉は最後まで発される事は無かった。 何故ならその言葉を聞くなり三蔵が大きく肩を震わせて振り返ったからだ。
「・・・死ねっ!」
ガウン!
ガシャン!
ガウン!
パリーン!
「避けんなクソ河童!」
「うわー!やっぱり可愛くねーっ!」






ちゃんと三蔵受けに見えますか?三蔵が殺した男×三蔵でもあるのですが。 「ピンチのピンチのピンチの連続」は「○ルトラ○ンガイア」。

10 years agoに続く。



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