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10 years ago
その日泊まった宿は偶々寺の近くで、 二階の窓から見下ろせば半分ながらも妖怪の血の混じった夜目の利く眼にはこそこそと人目を憚るように夜道を行く坊主の姿が見え俺は思わずにやりと口の端を吊り上げた。 坊主と雖も所詮人の子だ。そしてその姿を見咎めて眉を顰める程俺は堅物じゃあない。 何しろ俺の恋人ときたらその坊主どもの最頂点に立つ尊い最高僧様だ。 「なーさんぞー、長安のさ、寺の裏手に坊主用の娼館があっただろ?」 楽しい一夜を、三蔵と関係を持つようになってから自分とは縁の無いものとなった歓楽街へと消えて行く坊主に内心で呼び掛けながら三蔵に話し掛ける。 今日の部屋割りは二人部屋が二つで八戒お手製の籤を引いて引き当てた同室者が三蔵だった。 昨日は大部屋、その前は二人部屋が二つで悟空と三蔵、八戒と俺という部屋割り、そしてその前は野宿だった。 あの坊主と同じく、或いはそれ以上の甘い夜が今日の俺には約束されている。暖かく見送ってやろうと言うもんだ。 「そうかも知れんな」 「そうかも知れん・・・って」 「そういったものがある事は知っているが場所までは知らなかった」 夕刊から顔を上げもせず三蔵が答える。 長安の街は坊廠制度が摂られている。坊と言うのは区画の事で、一区画が500m四方から、大きな処では2km四方の大きさがある。 普通坊主用の娼館と言うものは寺から抜け出した坊主が行きやすいように近所に建っているのだが、 三蔵の赴任している慶雲院は長安でも最大クラスの規模な為、坊一つを丸々使っている。 よって、娼館他遊興施設は(どころか商店ですら)寺のある坊内には存在していない。 だからだろうか、三蔵がその存在を知らないと言うのは。 いや然し余所者である俺が気が付く位だから近所に住んでる三蔵が気が付かないのは不自然だ。 もしかして行った事があるのを隠すために惚けているのではないだろうか。 ああでもそんなまさか、夜毎の三蔵のうぶい仕草はだとしたら一体・・・! 「三蔵は行った事ねえの?」 「くだらんな」 動悸を堪えながら尋ねたら即答された。三蔵様はお堅いねえ、と思うが本当にお堅かったら俺と人目憚るような行為に耽る筈が無い。 「あのね。娼館ってもフツーの人も行くような女だけの店と、男もいる店があるんだけど」 因みにお姉ちゃんのいる店は寺の真裏で、一階は一見普通の食堂だ。 「・・・金を払って、・・・いや何でもない」 ガサと音を立てて新聞を捲りながら言い差し仄かに首筋を赤くして三蔵は言葉を濁した。 金を払ってまで男に抱かれたいヤツがいるのかと、そう言う質問だろうと俺は推測した。こーゆー事にはちょっと自信がある。 「ちげーよ。まあ中にはそーゆーヤツもいるだろうけど、突っ込まれる方が揃ってんの」 あ。三蔵、眉間に皺が・・・。マズかった、か・・・? 別に三蔵が娼館にいる美少年達と一緒だと言ったつもりでは無かったが。 「あ、えっと。中には売り飛ばされてクスリ漬けにして逃げられないようにして無理矢理客取らされてるヤツもいるから」 わーっ、何言ってんだ俺!!考えようによっちゃ今の発言の方がヤバイ。 クスリ漬けにされて自我を奪われて男と寝ているのならともかく、三蔵は正気なのに男と寝ていると言ったも同然だ。 こ、殺される・・・!? 「『金髪は高く売れるからな』」 「え・・・?」 ぽろりと零れた言葉に言った当人である三蔵も不思議そうに頚を傾げている。 「ど・・・どしたの?」 「そう言えば随分昔にそんな事を言われた事があったと思い出しただけだ。すっかり忘れていたんだが・・・成程そういう事だったのか」 何やら納得したらしく今度は一人で頷いている。 「さささ、三蔵っ!?」 それって、それって・・・!? 「何だ」 突如がしっと掴まれた肩に三蔵がイヤそうに眉間に皺を寄せる。 「三蔵、まさかっ!」 三蔵は俺とが初めてなんだと思ってたけどっ!潔癖性な三蔵が嫌悪を堪えて抱かれてくれるのは相手が俺だからだと思ってたけれど! もしかして、三蔵の潔癖性はおぞましい過去に由来するものだと、そう言う事なのだろうか? 「・・・何だ」 「まさか、あの、その・・・」 口の中が乾く。舌が張り付いたように上手く言葉を紡ぐことが出来ない。 「ああ、ガキの頃何回か人攫いに襲われてな」 「襲われたーっ!?」 ひっくり返った俺の声に三蔵も漸く俺の言わんとする処を理解したらしい。 「ッ!バカ野郎何考えてやがるっ!」 スッパアアアン! 怒鳴り声と同時にハリセンが炸裂した。 涙がちょちょぎれるのは決してハリセンで横っ面を吹っ飛ばされた痛みだけでなく、 真っ赤に染まった三蔵の頬の所為だと嬉しく思いながら俺は空中を数秒かけて浮遊した。 銃の続き。 慶雲院の場所は長安(唐代)最大の大興善寺のあった靖善坊、と言う設定。 香に続く。 33題 |