四千の日と夜




緑と赤と金に彩られた街で何時になくはしゃぐ、悟空。
自分が引き取って以来寺院に押し込められていたその子供は異教の聖人の生誕日を祝うこの祝祭日を目の当たりにするのは初めてだった。


耳慣れない聖歌の流れるその街で穏やかな瞳を細めて遠くを見る、八戒。
自らの喪った在りし日の幸せを街ゆく者達の笑顔に探し求めながら。


白い息を吐きながら傍らを歩く赤い髪の男の表情は、その長い髪に隠れ伺い知れない。
暖かな家で家族と共にこの日を祝った事があるのだとは思えないこの男が何を考えているのかは分からない。




道を歩きながら常ならば途切れる事無く悟浄が口に乗せている筈のくだらない言葉は絶えて久しい。 並んで歩いているのにまるでこの世に一人きりでいるかのような沈黙に包まれる。


交わす言葉も無い侭在りし日のこの日を思い出すとはなしに思い出す。 否、正確に「この日」がどうであったかは憶えていない。 寺に居た時分には自分とは、と言うよりは寺とは関係の無い行事であったし寺に寄り付く事も無く桃源郷を彷徨い歩いていた間は一層縁の無い事だった。
基本的に桃源郷の住民の多くは仏教徒であり、街々を歩いている間に耶蘇教を信奉している集落に辿り着く事はあっても彼らの神の愛は信徒にしか降り注がないものであった。 僧衣を纏った自分の居場所が無い事をだからと言ってどうと思った事は無かったが。


世の枠組みの何れにも属せず還る処も無い事は何物にも捕らわれぬ事を決した自分には相応しい。 頑なにそう思いながら見上げた空から白い物がふわりふわりと舞い降りる。 還る場所も無いが行く先も無い自分は、 こんな暖かな光の溢れる街ではその灯りの中に入りたくなくて完全な宵闇が訪れる迄うろうろと街中を無為に歩き回るのが常だった。 凍えた剥き出しの手は既に冷たさを感じるどころか痛みしか感知出来ず。 それでも痛みだけが自分を地上に縛り付けてくれる確かな感覚だったので冷えるに任せて暖めもせず指が強張る侭に。


「さんぞー様、手袋とか要る?」


話しかけられた声に顔を上げるとそこは記憶にあった街では無く、空に白いものもちらついておらず、 歩いているのは自分一人では無かった。
大仰に飾り立てられた街中のディスプレイの色にも似た派手な赤い髪をした長身の男が傍らに居た。

「ああ?」
「あんたのその手、見てる方が寒いんですけど」
「見るな」
「もう真冬だしさ、あんたもう一寸厚着した方が良いと思うワケよ」
「余計なお世話だ」
「マフラーとか」
「要らん」
「コートとか」
「要らねえ」

そんなモノ要らない、何一つ。

こんな街中で人目憚らずキスしたいと脳天気にも突然口ずさむ悟浄を無視して煙草を取り出して火を点けようとすれば凍えきった指はライターさえ満足に扱えはしなかった。 カシカシと、何度か火花だけを散らす不器用な動作に悟浄が点火したジッポを差し出して来る。
煙をふ、と吐き出せば悟浄が指先を握り込んで来た。 その手の持ち主である自分でさえ己の指先の冷たさを感じ取れる程の冷えたそれにびくりと驚いたように自分の指先を掴んだ侭跳ね上がる悟浄の手に 「馬鹿が」と思ったがその手が離される事は無かった。
「手袋が駄目ならカイロだけでも買お」
「しつけえ」
「だってこんなガチガチの指じゃ襲撃に遭ってもロクに応戦出来ないでしょ」
そう言って手を握った侭悟浄がぐいぐいと店に向かい歩いて行く。 言われてしまえば確かにその通りなので渋々と半ば引きずられるような形でその後を付いて行くしかなかった。 並んで歩く悟浄の頬は冷たい外気に晒され僅かに赤くなっていたが繋がった部分は仄かに温かい。 ふと俺の視線に気が付いた悟浄が振り返る。
笑みの形に吊り上げられたその唇が再度口付けをせがんでくれたら良いと。

愚かな言霊が身に染み入ったかのように、そう望みながら短くなった煙草を地面に落とした。






タイトルは田村隆一氏の詩より。
末端冷え症な三蔵様。つーか手袋しないと手が荒れますよ!

悟浄バージョンはこちら→時が満つるまで



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