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時が満つるまで
「今日はクリスマスなのでご馳走を作りますよ」 そう言った八戒が、「と言う事で僕は料理の仕込みがありますから買い出しは二人でお願いしますね」 と告げた言葉に悪意はあったのか。それとも気を利かせたつもりなのか。 分からないながらも笑顔の八戒に逆らう事も出来ず買い出しに出掛けたのは俺と三蔵だった。 12月の街はきらきら光る物で余す処無く装飾され輝いている。その甘い光は師走の風の冷たさをも和らげ道行く人の笑顔を誘う。 八戒に渡された買い物メモには「シャンパン、赤ワイン、ビール、コーラ」 と情け容赦なく重たいものが書き並べてあって重量よりも袋の底が何時抜けるかが目下の重大事だった。 隣で白い息を吐く三蔵をちらと盗み見る。 荷物を少し持てと言うつもりだったのに申し訳程度の荷物を抱えたその指先がすっかり冷え切っているであろう事が見ただけで分かり言葉を呑み込む。 白い、を通り越して血の気が引き土気色に変色しているその肌。 「さんぞー様、手袋とか要る?」 「ああ?」 「あんたのその手、見てる方が寒いんですけど」 「見るな」 「もう真冬だしさ、あんたもう一寸厚着した方が良いと思うワケよ」 「余計なお世話だ」 「マフラーとか」 「要らん」 「コートとか」 「要らねえ」 「クリスマスだしさ、俺からのプレゼントっつー事で何か受け取ってくんない?」 「莫迦々々しい」 「・・・・・・えーっと、あんたクリスマスって何だか知ってる?」 「馬鹿にすんな」 「いやだってあんた寺育ちだし」 「これだけ世間で騒ぎになってんだ。幾ら異教徒の祭りだって知ってるに決まってんだろ」 取り付くしまも無いと言うか即答で返される言葉に問い掛けてみればそう返された。 きちんと返事が返って来たと言う事はまあ、そう言う事なんだろうが。 『異教徒の祭り』と言う怪しげな宗教でも形容するかのような言葉からは三蔵はその行事と自分とは何の関係も無いと思っている事が明らかだった。 当然と言えば至極当然ではあるのだが。 面白くなさげに吐き捨てながらそれでも歩を緩めた三蔵の横顔がショーウインドウのディスプレイの眩しい灯りに照らし出される。 細い金糸が光を受けて一層明るく輝き色素の薄い肌に街頭のイルミネーションの生み出す陰影が映える。 賑わう街も街の灯りに照らし出される三蔵もとても綺麗で永遠を欲したくなる程の痺れるような甘美さが胸裡を走る。 「来年も一緒に過ごせると良いな」 深く考える事も無くぽろりと零れた言葉に、三蔵は眉を顰め黙り込んだ。 ええっと・・・ちょっと待ってくれよここは頬を赤らめるかさもなければ照れ隠しに怒り始める処じゃねえの? 何だってあんた、そんな表情するワケよ? 「三蔵・・・?」 足を止めてその顔を覗き込もうとすればさりげないフリを装って視線を外された。 ああ、そうか。 そっと伏せられた長い睫毛の下、半ば隠れるような紫色の瞳が色々小難しい事を考えているようなのを見てふと思い出した。 三蔵は。 尊い三蔵法師様で。 この旅の間こそ他の誰に誹られる事も無くこんな関係を続けてはいるけれど、例えば後一年の後に。 無事にこの旅を終えたとして。長安の寺に戻った後も同じ関係でいられるか。 ・・・分かりはしないのだ。 尤も、それ以前に寺に戻ったら仏教界の至宝である三蔵にはクリスマスなどそれこそ完全に縁の無いモノとなる訳だが。 「あのね、三蔵様」 「・・・・・・」 「俺、一年先の約束を強請ったのって今が初めてなんだけど」 三蔵が一年先のことを考えて軽々しく返答をしないのと同様、 自分も一年先までこの関係を続けていたいと願った事など嘗て一度たりとて無かったのだと、三蔵の横顔を見て突然気が付いた。 『また今度』 そう告げる事はあっても一年後を約する言葉を発したのは初めての事だった。 我ながらヒドイと思うが誰とだってそんな先まで縛り付けられたくはなかったからだ。 「嘘つけ」 「本当ですって」 思い留まる前に未来の事を口にしてしまう程に三蔵の事を想っているのだと。 告げられた当人がその言葉を信じてくれなくても。 その、暖かい感情を自分の中で大切にして行こうと。そんな想いが芽生えた特別な日。 「なあ三蔵さま」 傍らの三蔵の耳元に口を近付けて小さく語り掛ける。 「ちゅーしたくなっちゃった」 「死ね」 「俺としてはここでキスしても構わないんだけど」 その言葉にイヤそうな顔をして三蔵が視線を合わせる。 「どうすっかなー」 聖夜に撃ち殺されるのは自分としても避けたいのだが何処か路地裏に引きずり込むにしてもこれだけ人が溢れかえっている街中で、 人目を逃れられる処があるとは思えない。 宿に帰るにしても今日の宿は4人部屋で。 と言うか空き部屋が無いと言う処を三蔵法師のご威光で無理矢理二人部屋を何とか確保させ、 エキストラベッドを入れて貰ってあまつさえ一つのベッドで誰か二人が(多分悟空と三蔵が)一緒に寝ないといけないと言う程の窮状だ。 「どうもこうもねえよ。死ね」 「イ・ヤv」 冗談っぽく返しながら頭の中で宿の作りを必死に思い出す。ロビーの奥、廊下の奥・・・。 何処も人目を凌げる程の薄暗がりは無かった気がする。路を間違えたフリをして「休憩用」の宿に連れ込んでしまおうか。 でもそんな事をして帰りが遅くなったらきっと、絶対、間違いなく八戒にそれはそれは恐ろしい目に遭わされる事だろう。 突然上の空になった俺にイヤな予感でもしたのか三蔵が宿へ戻るべくそそくさと歩き始める。 「待てっつうの」 慌ててひっ掴んだ三蔵の指は思わず手放したくなる程冷たかったがぴくりと反応しながらもその手を振り解かれなかったのでぎゅ、 と握り締めた。 この手を離したくない。 「どうしようか?」 指先に力を込めて再度、笑いながら俺は同じ言葉を口にした。 タイトルは田村隆一氏の詩より。 でもインスピレーションはさだまさし「飛梅」の「来年も二人で 来れると良いのにねと 僕の声に 君は 答えられなかった」。 飛梅は菅原道真の飛梅伝説より。梅ヶ枝餅美味しいです。 三蔵バージョンはこちら→四千の日と夜 novel |