beside you
女だったら良かったのに、と幾度か思った。
三蔵が女だったら自分の気持ちに気付いた後は冗談めかして想いを告げる事もあったかも知れない、秒殺で失恋していたかも知れないが。
ふしだらな事も不道徳な事も人に言えない後ろ暗い事も幾らでもやって来ていた俺だが、 不思議な事にこの想いは三蔵に告げてはいけないのだと思った。 俺にとっては三蔵が最高僧である事よりも男である事の方が大問題だったのだ、 いや、勿論三蔵の身分と言うものも俺を引いた気分にさせはしたが、それはついでと言うかおまけと言うか、 とにかく俺の中ではそれ程優先順位の高いものではなかった。
金持ちの世間知らずの汚れを知らないお嬢さんが下町の身分違いのワルに恋をして、なんて話どっかになかったっけ?


まあそんな訳で、よりによって男の尻を必死に追っかけ廻してるなんて冗談じゃねえっつうの、と俺はじたばたと悪足掻きを続けた。 色っぽいオネエサンとの行きずりの情事だとか賭事だとか。だけどちっとも面白くねえの。 当たり前だ、紛いモンで誤魔化せる程度だったら本当の気持ちに気が付く事も無かった。 一晩限りのオンナの体温じゃ物足りないと思うようになったからこそいつもあいつを目で追っていたんだ。
長い髪に指を絡めて細い肩に腕を回して柔らかい身体を抱き込みながら安宿のベッドに転がり込んで、 手に入らないモノを何時までも欲しがってねえで簡単に手に入る優しさで満足してりゃ良いと自分に言い聞かせて。 ゴムの中に流し込む生暖かい体液と一緒に自分の気持ちも捨て去ろうとして。何度も諦めようと思ったのに。
あんなタレ目。
あんな陰険坊主。
あんな乱暴者。
気が短くて気難しくて怒りっぽくて信じらんねえ事にすぐ人に向かって実弾ぶっ放しやがるし。 てめえのペットにだってスパンスパンハリセンぶちかます割に気が向いた時だけヘンに優しいし。 良いトシしてオンナにこれっぽっちも興味のねえホモだし男のクセに生っちろい肌だしガリガリの痩せぎすだし良いトコロなんか一つもねえよ。
ホラ、俺が血迷う要素なんか一つもありゃしないじゃねえか。
そう思うのに。


長風呂のクセしやがって一番風呂を使いたがる偉っそーうな最高僧様がバタンと音を立てて風呂場の戸を開くとヤツが風呂場に籠もっていた時間の分だけ鬱積していた湿度が一気に溢れ出し部屋の温度が僅かに上がる。 湯あたりしそうにでもなって慌てて出て来たのか髪も乾かさない侭裸の上半身の肩にバスタオルを引っかけて三蔵はペットボトルの水を口元に運ぶ。 水を流し込む反り返らせた頚にこそ傷は無いがその身体にはつい数えたくなる程の無数の傷跡が残っている。 大体は古いものだが幾つかは大した傷じゃないからと八戒の手当を拒んだ、 怪我をした事さえ俺達に内緒にしていたらしい最近出来たばかりのもので空のペットボトルを無造作にゴミ箱に放り投げる腕にも幾つもの痣が残っている。 三蔵のエモノは敵の武器を受け流すには小さ過ぎるから刃先の類以外の危険でなさそうなものは腕で払う。 いつも法衣と二の腕まで覆うアームカバーをしているから分からないがそれを取り払った後の剥き出しの腕には青とか赤とか気味の悪い色の痣が現れる。
バカじゃねえのか、と思う。
普段あんだけ偉そうにしてんだから妖怪の襲撃を受けた時は隅っこの方にでも引っ込んでりゃ良いじゃねえか。 トチ狂った妖怪どもが狙ってんのはアンタの生命なんだから。 てめえは偉そうに安全な所から「とっとと片付けろこのノロマ」だの嫌味でも言ってりゃ良いんだよ。 何で弱っちい人間の身でありながら妖怪である俺達と同等に闘おうとすんだよ。
傷だらけの細い躯。
見たくねえんだよそんなモンは。
そんなもん見せつけられて俺が何とも思わないとでも思ってんのか。
だからイヤなんだよてめえってヤツは。

だから気になっちまうんじゃねえか・・・クソッ。

ココロの風邪」の続き。

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