ココロの風邪
好きだと気が付く迄には随分な時間が掛かった訳だが一度意識してしまうと坂を転がる石のように気持ちは加速するばかりだった。
無意識の自覚の裡にはかなり前から三蔵の事を意識しながら敢えて気が付かないフリをしていたんだろう、 何しろ相手は男だし。ヤケに気になって目が離せないからと言ってもそれが即恋愛感情だと思う筈もなかった、 だから俺はヤツとは気が合わないからあまりに嫌い過ぎて却って意識してしまうのだと、長い事そう思い込んでいた。
その気持ちの正体が、ハケ口が見付かれば後は押さえが効かなかった。
男のクセにほっせえ頚。
あまりにも細っこいからだろうか、年上のクセに時折俺よりも年下に見えたりする華奢な体躯。
殆ど皮膚を露出する事なくきっちりと着込んでいる法衣を無防備に脱いで晒した時のその膚の白さ。
決して傷一つない玉の膚と言う訳ではないのだが薄い皮膚の下には鍛えられた筋肉が綺麗に張り詰めていて緊張感を醸し出している。
そしていつも凛と伸びている背筋。
惚れた欲目と言うのもあるだろうがどんな姿を見ていても「この人の事を好きなんだな」 と胸の裡からじわじわと掘り当てた井戸のように沸き起こってくる厄介な感情。
そう、厄介なのだ。
男同士だし、 俺がそんな感情を抱えているとは知らず風呂上がりなんかに平然と上半身裸で部屋に入って来たりするのは三蔵が俺に対して無防備であるからだ。 そんな相手に今更どのツラ下げて「実は好きでした」なんて言えるだろう。 ずっと好きで、気を引きたいからわざとちょっかい出してましたなんて言って納得して貰える筈もなかった。 万が一三蔵が納得したとしても、だからと言って俺の気持ちを受け入れる可能性など万に一つも、 それこそこれっぽっちもありはしなかった。
こんな何時終わるか分からない旅の最中、自分の気持ちを告げる事でヘンにギクシャクする位だったら今迄通り自然に振る舞った方が良い、 それが密かに考え続けた末に俺の出した結論だった。 意識し過ぎて不自然にならないように適当に距離を保ちつつ軽口を叩いてはキレやすい三蔵を怒らせ、 綺麗なお姉さんにちょっかいをかけては「節操無し」と罵られそして俺はそんな三蔵を「潔癖性」と揶揄って。
今迄通りに振る舞うと決意した時にはそんなに難しい事に思えなかったそれだが、 いざ実践してみるとなると頭で考えてたようにはいかなった。
軽く肩に触れただけでも手厳しく、別にケツを触った訳でもねえのに痴漢でも見るかのような軽蔑しきった冷たい目つきで 「触るんじゃねえよ」と秒速で言われ手を振り払われる。あれだけ三蔵に懐いている悟空でさえ滅多に三蔵にくっついたりはせず (そりゃガキならともかく大の大人の男同士がベタベタすんのはおかしいが)、 それでも時折腰にタックルとかかましては「くっついてんじゃねえ!」 とハリセンを喰らっているのを見れば別段三蔵は俺だけを拒否している訳じゃなく他人全般に触られるのが嫌いなんだろうと言うのは分かるのだが、 それでも手酷く拒絶された後はやっぱり落ち込む。
薔薇にトゲがあるのは手折られないようにする為だと言うが、 つまりトゲがあると言う事は何度も手折られるようなメに逢って来たと言う事だ。 鎧のようにトゲを身に纏わなければその身を護れない程の見る者を惹き付けずにはいられないその誇らしいまでの美しさ。
三蔵は薔薇だ薔薇だ、薔薇なんだ。
男を花に例えるなんてちょっとアレだがそうとでも思っていないとうっかり手が出そうになる。
握り締めた後のトゲの痛みを考えてでもいないと触れてしまいそうになる。
アンタに触れたい。
アンタに触れたい。
アンタに触りたいんだ、この手で。