ある晴れた日に 2
「二人部屋が二つ取れました」
チェックイン手続きを済ませてから振り返ってそう言うと嬉しそうに悟浄が口元をにんまりと緩めたが見ない振りをする。
「じゃあクジを引いて下さい」
そう言って4本の紙縒を片手に握って差し出す。先ずは悟空。 手前に他のものより僅かに頭を高めに出しておけば悟空はそれが恣意的な物だと疑いもせずに引く。
「はい、どうぞ」
それから三蔵。この人は何も考えてないのであからさまに不自然でなければ一番自分に近い位置にある物を引く。 個室と3人部屋、或いは3人部屋で誰がエキストラベッドを使うかと言う局面以外ではロクにクジを見る事もしない。
「あ、三蔵と一緒かあ」
あっさり最初の二本で同室者が決まってしまったので残りのクジを引く必要の無くなった悟浄が悟空を振り返る。 ああ、肩なんか落としちゃってちょっと可哀相ですねえ。
「鍵を寄越せ」
悟浄の恨めしそうな視線に丸っきり気付いていないかの様子で三蔵が掌を差し出すのに部屋の鍵を渡す。
「あちらの廊下の奥に階段がありますから、階段を昇って右に曲がって下さい」
「はい」
宿の人の説明を聞いてぞろぞろと4人で移動する。 一番後ろからとぼとぼ歩いて来る悟浄の触覚が力なくしおたれているのに気付かない振りをして部屋のドアを開けて入室を促す。
「さ、悟浄」
「ああ・・・」
返事とも呻きともつかないくぐもった声で答えながら悟浄が部屋に入った後、 押さえていたドアを閉める時に隣の部屋の方を伺ってみれば三蔵はそんな悟浄の姿を気にする事もなく既に室内に姿を消していた。
悟浄には悪いですが今日は三蔵と一緒の部屋にはしてあげませんよふふふ、 それに三蔵の方も悟浄にはちっとも未練がなさそうですしね、どうなるかと思いましたが良かったです。
「悟浄、ジャケット洗いますから脱いで下さい」
「あ?」
「さっき怪我した時の血が付いてますから。早くしないと落ちなくなっちゃいますよ」
「あ、ああ」
手を差し出してせっつけば思い出したように悟浄がジャケットから腕を引き抜く。
「有難うございます」
「いや、悪いな」
「どうって事ありませんよ」
返事をしながら背中を向けて手の中のジャケットを確認してみると案の定、布地に血が染み込んでいた。 ジープに乗っている間からずっとにまにましていた悟浄が今夜の宿で何を楽しみにしていたかなんてとっくにお見通しだ。 大した出血ではないように見えたがナイフを肩に突き立てた侭腕を振り回していたのだ。 ジャケットが血を吸い込んでいた為一見軽い怪我のように見えるが、 これだけの怪我をしていたクセにしようの無い人ですね全く。
洗濯して乾いたらナイフで裂けた部分も繕わなくちゃいけないし、 何しろエンゲル係数の高い旅だ、新しい衣類の購入は胃袋を満たす事よりも優先順位はずっと後にしなくてはいけないのだ、 ああ、その前に買い出しだ。
宿の人に洗い場を借りて良いか確認してから忙しく洗い物を回収して洗濯機を回す間に三蔵達の部屋に行ってコーヒーを入れて、洗濯物を干す。


「悟浄、買い出しに行くので荷物を持つの手伝ってもらえませんか」
「買い物っ!?俺も行くっ!」
目当ては買い出しに行った時の買い食いだと一目で分かる勢いで悟空が立ち上がるがそれを封じる言葉も準備済みだ。
「済みませんが何かあった時の為に悟空は宿に残っていてくれませんか」
少し心が痛むがあれだけしつこい敵襲の後だ、悟空が食い下がる訳が無いのは分かっていた。
「うん・・・」
三蔵を一人にしない為に、と言外に臭わせると多少がっかりしながらも三蔵を任された事に自尊心を支えられ、悟空は渋々頷いた。 子供っぽい外見とは裏腹に戦闘力と言う点に於いて悟空は結構頼りになるのであながち策略だけに基づいた提案ではないのだが。
「お土産買って来ますから」
「うんっ!」
先程の返事とうって変わって元気一杯に悟空が答える。
「八戒。サルを甘やかすな」
悟浄と三蔵を二人きりにしないようにしている僕の気遣いも知らず新聞の株価欄を開きながら三蔵が言う。 そんな所じっくり眺めたりして投資でも始めるつもりなんでしょうか、僕のお薦めは株より外貨預金です、 それはともかく野宿続きで疲れている筈の三蔵の為でもあるのに心外だ。 そもそも三蔵が買い出しに付き合ってくれるとでも言うのなら三蔵に荷物を持ってもらうとか、 或いは4人一緒に買い出しに出掛ければ良いだけの話で、三蔵が留守番しかしてくれないからこういう事になってるんです。
そう思ったが口に出しては
「じゃあ行きましょうか、悟浄」
とだけ言うに留めた。
無駄口を叩いている時間だって勿体ないのだ。 米とか小麦粉とか乾パンとかコーヒーとか缶詰とか包帯とか消毒液とか絆創膏とか悟空のおやつとか、 買わなくてはいけないものが沢山あるのだから。

背中を丸めた悟浄が確かに後からついて来るのを確認して宿の扉を開く。
「ああ、今日も良い天気ですねえ」

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三蔵バージョンもあってハッピーエンド、の方が良かったかなあ・・・タイトルは蝶々夫人より。

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