ダアリヤ 1
暦の上では秋を迎えてはいるが未だ昼日中の日差しは痛い程に肌を焼く。
東北のその土地は温泉が多いのが自慢なのだと聞いた。
父の仕事の都合でやって来たばかりの俺は、この地方では秋になっても未だ残暑が厳しいのだとは露知らず、暑さに閉口しながら図書館へと道を歩いていた。
それと言うのも先日借りて読んだ郷土史がなかなかに興味深く、この土地の歴史書の類も読んでみたくなったからだ。
幾度か道を折れるうちに広くまっすぐな道に出る。この大通りの突き当たりの古めかしい白塗りの壁の建物が図書館である。
図書館へ行くには、この一本道を通り抜けなくてはならず、近道もないようだった。
父とは言っても実際の血の繋がりはなく、実の父の顔も母の顔も知らずに育った。
養父を実の父だと言い聞かされて育ったとしても、早晩自分の出自に疑問を抱いたであろう事は想像に難くない、
親戚連中の誰とも似ていない色素の薄い髪と瞳。
ましてや田舎町では自分の異形は行く先々で何かの見世物のように注目を浴びる。
じろじろと不躾な視線を浴びる事には慣れている。それが不快である事実にこそ慣れはしないが。
内心の鬱屈を父に告げた事は無かったが、何かを察するように父は仕事先に出向く際に時折自分を伴ってくれた。
時に数日、時に十数日。一月を越える事は無かったが、それでも充分気晴らしにはなった。
例えば、旅先で訪れる書店や図書館が。
とは言うものの、その図書館へ向かう迄の道のりがこうも苦痛であろうとは思いもよらなかった。
何処か、陽を遮る物があって欲しいものだとゆるりと頸を巡らしてみれば、立派な庭園らしきものが視界に入った。
先日図書館へ足を運んだ際は気付かなかったが、見知らぬ人間の侵入を拒む先の尖った豪奢な模様の鉄柵は、
其処が私有地である事を無言のうちに主張している。恐らくはそれが故に、先日は視界に入れるなり関心を失ったのであろう。
庭の奥には煉瓦色の屋根を乗せた無闇に大きな洋館が建っている。
洒落たデザインの建物に窓のさりげないカーヴの美しさ、由緒のありそうなその佇まいに、先日読んだ郷土史にも載るような地元の名士の邸宅であろうかと考える。
道なりに歩きつつ気まぐれに鉄柵に近付いてみれば、黒塗りのそれの向こうには今が盛りとばかりに幾つもの赤い、花弁の多い花が咲き誇っていた。
ざっと見渡しただけでもそれが10株、20株程度ではない事は知れた。
菊に似ていない事もないが、明らかに菊とは異なった風情の背の高い花。
何と言う花だったろうか。
「ダリヤが好きなのか?」
突如庭の中から声を掛けられる。
突如と思ったのは庭に人がいる事に気付いていなかったからだ。
否、気付かなかったのはその青年の髪が柵に囲われた庭の中で咲き誇る赤い花と同じ色をしていたからだ。
夥しい数の花に埋め尽くされた庭に、花にその身を侵食されるように佇んでいる。
「ダリヤ?」
「この花だよ」
では、花と同じ色の髪をしているこの男の名前もダリヤなのだろうか。
長身の男の、白いシャツの肩にダリヤの花弁と良く似た色の髪が揺れる。返事をしない俺をどう思ったのだか、ダリヤの男はこちらを見下ろして首を傾げる。
驚いた事に瞳も花の色だ。
「この屋敷の奥方はね、心を病んでいて、奥方を慰める為にここの庭は一年中花が溢れている」
そう言ったダリヤの男の口元は、笑みの形を浮かべていた。
会ったばかりの他人に家の内情をいきなりぺらぺらと喋るその男に不快感を覚えた。
髪も瞳も、美しい花のようだなどと一瞬でも考えた自分をとんでもない愚か者だと思った。