DAZZLE
オカマ蠍のいた砂漠で、金鈷の外れた悟空に肋骨を3本ばかりへし折られた俺はその時あまりの激痛に僅かな時間だが意識を無くしていた。 だから俺はその場面を自分の目では見ていない。俺や八戒のみならず、 あの紅孩児をも易々と弄んでいた強大な力を持つ斉天大聖化した悟空の金鈷を、 オカマ蠍の長い爪で痩身を差し貫かれた上に蠍の毒に侵されていた三蔵がつけ直したのだという場面を。
最初八戒からそれを聞かされた時は状況が切羽詰まっていた事もあり何となく聞き流していたのだが、 よくよく考えてみればありえねえだろ、と思う。 妖怪である俺達でさえ(尤も俺は半妖だが)手に負えない金鈷の外れた状態の悟空を、 人間である三蔵が、しかもちっとも万全とは言い難い体調の時に、だ、抑え込んで金鈷をつけ直すなんて事は。


昔、出会って間もない頃に悟空のいない隙を見計らって三蔵が告げた事がある。
「悟空の金鈷を外すな」と。
ちっと珍しい形をしてはいるが、 悟空の頭に嵌っているでけえそれが妖力制御装置だと言う事は一目で分かった。 妖力制御装置と言うものは自分の意思で付けたり外したりするもので、他人が「お前は耳が長い方が可愛いよ」 とか何とか言って勝手に外すモンじゃない。人間である三蔵には分からないかも知れないが、 それは妖怪の間ではわざわざ口に出す必要もない程の不文律なのだ。 制御装置も必要としない半妖の身である俺だって知っている、小学校並のルール。
「言われなくたって誰が他人の制御装置なんかに手を出すかよ」
偉そうな命令口調に反抗する事もなく軽く即答したが、三蔵はそう言う事じゃないと続けて言った。 意図的なものでなくとも、不慮の事故などで金鈷が外れる事がないよう注意しろと。 そして万一悟空の金鈷が外れた場合はすぐ自分に報せろと。
妖怪本来の力と言うものには個人差があって、それは本来の姿に戻った時の妖紋の大きさと密に関係がある。 例えば広いデコにぽちっと妖紋があるだけの鷭里などは手先こそ無駄に器用だったがそれは妖怪本来の能力とは全く、 ちっとも、これっぽっちも関係なくて、妖怪である自分を誇示したがっていたのと裏腹に、力自慢の人間よりはちょっと上かっつう位、 妖怪としての能力はあまり強大なものではなかった。 背中一面に妖紋の出る八戒は、制御装置一つではその力を抑え切る事が出来ないので制御装置を三つも装着している。それが、 あんなバカでかい金鈷を嵌めているともなれば悟空の力がそんじょそこらの妖怪とは比較にならない程のものだろうと言う事は容易く想像が付く。
実際、旅に出て既に二度ばかり悟空の本来の姿を見た訳だが、マジでシャレになんねえっつう程の力だった。 その上、普段だってサル語だが金鈷を外した状態の悟空はマトモな台詞など吐かず、 猫がネズミをいたぶるが如きの弱者を見下ろす笑みを浮かべるばかりで俺達の話し掛ける言葉すら理解しないようだった。
そんな状態の悟空に「金鈷をつけ直すからじっとしてろ」と言った処で聞く筈がないし、 実際自分で「後でどーにかして俺を止めてくれる?」とほざいたクセに金鈷を外した後の悟空は大人しく俺達に抑え込まれてはくれなかった。
それを、瀕死の三蔵が悟空を止めたのだと言う。

本当に、アンタはナニモンなんだ?





「思うに三蔵のあの異様なまでの強さと言うのは、実は妖怪だったとかそういう事ではなくて」
そりゃそうだ。つうか並大抵以上に強いと自負している俺達だって歯が立たないものを、 万が一三蔵が本当に妖怪だったとしてもへろへろの身体で悟空を制止出来る理由にはならないだろう。
「経験値の高さと集中力の賜物ではないでしょうか」
ことことと鍋を煮立てながら八戒が言う。数日前に一度追い出された砂漠のまっただ中の村。 妖怪を倒したと言う事で村人達の態度も和らぎ滞在を赦された。
「それと、三蔵は悟空との付き合いが長いから何となく攻撃の呼吸が読めているんじゃないでしょうか」
三日振りに目を覚ました三蔵が、 安静と言われたのを無視して起き上がって三日間何も入れてない胃袋にいきなりビールを流し込むと言う暴挙の末再びベッドの上の人となってから二時間あまり。 三蔵が目を覚ました時の為に、と拵えているスープを八戒はお玉から直に掬って味見する。 広がり続ける砂漠に飲み込まれるように水源も乏しくなっているのだと言うこの村では野菜も満足に育たない。 その貴重な野菜を分けて貰って、それから「身体に良いから」と乾燥棗を入れて煮込んだスープ。美味いのか、ソレ。
「そんなもんかねえ・・・」
ま、確かに金鈷を外してはいても元は悟空なんだし、そーゆー事なのかも知れないが。
「だから、仮定ですよ」
少し笑って八戒が火を止める、それを待っていたかのように、ばたばたと威勢の良い足音と共に悟空が台所に飛び込んで来る。
「はっかーい!三蔵が目え覚ましたっ!」
「ちょうど良かったですね」
笑顔で八戒が器に出来たばかりのスープを移す。
「わっ!すげーいい匂い!」
「悟空の分もありますからね」
「やっりー!」
そう叫ぶと、来た時と同じように騒がしく悟空は三蔵の部屋に戻って行った。それに続いて、盆に器と蓮華を載せた八戒も。
俺も行きますか、と吸い殻を流しでぐりぐりと揉み潰してから立ち上がる。
三蔵が回復して良かったと思うのに、それでも三蔵に三日も寝込む位には人間らしい処があって良かった、 と役立たずな惨めな俺は思ってしまうのだ。

続く

novel