あなたのこわさを。 2
三蔵の闘い方を見ていて怖いと思うのは、 人間の身でありながら妖怪と互角以上に渡り合って見せるその鬼神の如き闘い振りではなく、 どんな酷い手傷を負った時でも悲鳴一つ上げない事だ。
唇を噛み締めて一瞬にして悲鳴を呑み込む、その仕草からは三蔵がどれ程の痛みを感じているのかは計り知れない。 出血は酷いけどそれ程大した怪我じゃなかったのかも、なんてうっかり思ってしまいそうになる青白いながらも無表情なその姿。 打撲で盛大に内出血が起きていようとも、生爪がはがれていようとも自分からは絶対「痛い」の一言も言い出さないプライドの化け物。 俺達下僕の事を取り立てて気遣う素振りも見せない代わりに自分のカラダの事も一切顧みないいっそ捨て鉢にさえ見えるその潔い程の思い切り。



大挙して襲い掛かる妖怪の群に取り囲まれた三蔵が、 銃弾を装填する間も与えられる事なく跳躍する一群に生身の身体で素手で立ち向かうのを視界の端に収めながら錫杖を振るっていた。
「・・・いい加減しつけえんだよてめえらっ!」
幾ら殺してもキリのない、自我を失った妖怪達。
錫杖をぶん回し、鎖の先の月刃で妖怪をなぎ払いながらも銀光をくぐり抜け肉迫するヤツの急所目掛けてぶ厚いブーツの底を蹴り出す。
「ひゃはははははあっ!玄奘三蔵の肉だあっ!」
狂ったような哄笑にぎくりと頚だけを僅かに動かし声のした方を確認する。
何時の間にか、三蔵の躍動する姿が見えなくなっていた。
代わりに、ピンで張り付けられた標本の蝶のうつくしい羽のように床に広がる白い法衣。
地べたに押し付けられた三蔵に群がるように蠢く集団の間から、肩口を鮮血で真っ赤に染めた三蔵の横顔が見えた。
「ぎゃははははッ!不老不死の肉だッ!!」
得意気な哄笑と共に三蔵の上に跨ったヤツが血で濡れた尖った爪を頭上に掲げた後自らの長い舌で舐め上げようとする。
「不老不死の肉・・・」
「俺達にも寄越せええッ!」
抜け駆けは許さないとばかりに血走った目をした妖怪達が近付いて行くのに三蔵はこんな時でも悲鳴の一つも上げはしない。
まさか、もう三蔵は。
無機質な床の上に紅い色の血が広がって行く。その、鮮血をも這い蹲って妖怪どもが舐め取ろうとする。
やめてくれ。
食らうなら俺を食らえ。
この身を差し出す事で三蔵が助かるのだったら俺のカラダなんか幾らでもくれてやる。
「そうかそうか」
舌なめずりして口を大きく開けた妖怪がにょきりと腕を伸ばしてぽきりと俺の頚を折る。
しゃぐしゃぐと言葉通り頭から丸かじりして「チッ、不味いな」と言って食い残した俺の頭をボールのように乱暴に床の上に投げ捨てる。
そんな。
ヒド過ぎる。





「・・・じょう、悟浄」
「・・・・・・ッ!」
身体が不快に揺れている。 揺さぶられているのだと認識しぼんやり目を開けてみると薄暗がりの中で三蔵が必死に俺の肩に手を掛けていた。 暗闇の中でも人間と違い夜目の利く半妖の身では見間違う事はなく、三蔵の身に纏う白い夜着に血は滲んではいない。当たり前だ。 俺は密かに安堵の息を吐く。寝汗が気持ち悪い。
あの吼登城で、俺達の目の前で三蔵が妖怪に肩口を抉られたのは事実だった。 俺が何とか敵刃をかいくぐって鎖を伸ばして妖怪を叩っ切ろうとするのに、 喰らった処で不老不死になんかなれる筈もないと疑った事もない妖怪どもがその流れ出る血に群がるのに三蔵は経文の力を発動させ自力で窮地を脱した。
だがあの時の傷は八戒の治癒の甲斐なく引き攣れたような痕になって、三蔵の躯に残っている。 恐らく三蔵の躯に残る腹とか背中とかの他の傷同様、一生消えはしないのだろう。
「・・・三蔵ッ!何処も痛くねえ!?」
「・・・・・・ああ?」
まだ俺の身体にぴったり身を寄せた侭小さな、然し寝惚けてはいないはっきりした口調で訊ね返す三蔵の前髪は寝癖でおかしな風に撥ねている。 つまり、ぐっすり寝入っていた処を俺の所為でばっちり目を醒ましてしまった訳だ。
しまった、と思う。
「あ・・・いや、何でも・・・」
気まずく言い淀みながら寝惚けていた事にしてうやむやにしてしまおうと俺は布団を胸元に引き上げる。 寝汗で肌が濡れてるのが気持ち悪いがそれは無理矢理無視する事にする。
「悪ぃ、寝惚けた。起こして悪かったよ。お前ももう寝ろ」
怖い夢に魘されていただなんて、男の意地に賭けても告げる訳にはいかなかった。
三蔵がまだ上半身を起こして俺をじっと見ている視線を感じながら気が付かないフリをして瞳を閉じる。
「・・・・・・」
すうすうと、ニセモノの寝息を立てながらまだ心臓はバクバク言わせた侭で三蔵が寝入るのを待つ。 数秒の後、もぞもぞと三蔵が諦めて横になる気配、と続いて毛布が足りないのか俺の方に寝転がった侭すり寄って来る気配。
ラッキー。
チャーンス。
三蔵が自分から身を寄せて来るなんて滅多にない事だ。 悪夢の余韻の血塗れの三蔵を瞼の裏に思い浮かべながらも俺は三蔵の方に手を差し出してその痩身を抱き込もうと目論む。
が、俺が毛布の下から腕を上げるより先に三蔵の手が俺の背中に触れた。
ぽんぽんと、ガキでもあやすかのように幾度も俺の背中を優しく叩く。
恐らく、触れた時に三蔵の掌も俺の汗で湿ってしまったに違いないが三蔵はそれを気持ち悪がって手を引っ込めたりしなかったし、 背中を叩く手を止めもしなかった。
一緒に布団に入る前、行為を強請る俺から逃げて、一緒に風呂に入ろうと言う俺を閉め出し、 いざベッドに入る段になっても「この暑っ苦しいのに何で一緒に寝なきゃならん」 と散々ごねた三蔵だが、本当は意外な位に優しい処がある。
あんたがそんなだから俺は。
あんたを目の前で死なせる位だったら俺のカラダなんて幾らでも差し出してやる。
今度こそ腕を伸ばして三蔵の躯を抱き締める。
汗まみれのカラダにくっつかれて尚三蔵はその手を止めはしない。
心地の良いリズムで三蔵の手が俺の背中に触れるのに、俺はゆっくり眠りに落ちる。

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