so gold 3
白玉ぜんざいが食いたいと一言言い残して再び眠りに落ちた三蔵を残し、八戒の部屋にぞろぞろ移動して俺達3人は会議を開く。「ナンだよそりゃ」
「悟浄、知らないんですか?白玉ぜんざいと言うのは」
「それは分かってるっつうの!」
話しながら八戒が荷物をごそごそと漁ってかにパンを差し出す。
「悟浄、どうぞ」
「え」
「お腹が空いてたんですよね?」
「ああ、まあ・・・」
腹が減っていた訳ではなく、失った血気を取り戻す為に何か食っておこうと思っただけだったのだが、 否定はせずに有り難く受け取る。
「八戒、俺も何か食いたいー」
「はい、どうぞ」
先程は「何か食うものを」と言った俺に「腹減り河童」とか言いやがったクセに図々しくも悟空が告げるのに、 流石と言うか、準備の良い八戒は既にかにパンをもう一袋手にしている。
「へへ、ありがと!」
「どういたしまして」
袋を開けてもそもそと口に運ぶ。ぼそぼそしててあんまり美味いもんでもないが、悟空は吸い込む位の勢いでがっついている。
「いやだからそうじゃなく、俺が言いたいのは何でこの場でそんなモンが出て来るかっつう事で!」
「三蔵は甘いもの好きですからねえ。好きなものを作ると言ってしまった手前、矢張り僕が作らないといけないですかねえ。 白玉粉なんて買い置きしてませんよ」
「そりゃそうだろ」
「でも三蔵って寝起きは寝惚けてるから、さっき言った事忘れてるんじゃねえかな」
2個入りのかにパンを、既に2つ目の半分まで食いながら悟空が言う。
「・・・そうでしょうか」
「うん」
「てめえで言った事を忘れるかあ?」
「三蔵は寝起きはぼんやりしてるから。以前、寝起きに「ほおずき」ってぼそって呟いてさ。 霊界宅急便を呼ぶんだと思って寺のヤツが慌てて用意して部屋に持って来たんだけど、三蔵は「何だコレは」とか言ってさあ」
「ぎゃはは!そりゃあタダの迷惑坊主だろうが!」
「悟浄、吹き出さないでください」
「あ、ワリ・・・」
慌てて謝るのに汚いですね、もうと八戒は眉を顰める。
「・・・じゃあ、一応本気だった時の事も考えて、食事はデザートに白玉ぜんざいの食べられるお店にしましょう」
八戒の提案に従い、夕方になって漸く目を覚ました三蔵を伴って4人で街に繰り出した。 夕飯時で、道の両端に並ぶ飯屋からは胃袋を刺激する美味そうな匂いが漂って来る。 きょろきょろと辺りを見回してはしゃぐ悟空を尻目に、三蔵はメシなんざどうでも良いとでも言いたげな顔で煙草を銜える。
腹から煙が出るんじゃねえだろうな、横目で様子を窺うと無言で睨まれたので肩を竦める。 こーゆー時、俺は自分が三蔵の何処を好きなのか、或いは本当に俺は三蔵の事が好きなのか自信が持てなくなる。
「何が食べたいですか?」
「俺っ、焼肉がいい!」
ぽつぽつと明かりの灯り始めた街並を笑顔で眺め遣りながら八戒が訊ねると、サルに訊いた訳ではなかったろうに、 悟空が間髪入れず答える。
「そうだな、久し振りに・・・」
肉が食いてえな、続けようとした台詞は不機嫌そうな言葉に遮られる。
「焼肉なんざ食わねえぞ」
「えー、いいじゃんたまには」
「食いたきゃてめえらだけで行け」
素っ気なく言うと三蔵は本当に俺達を置いて一人で何処かへ歩いて行こうとする。
「あーっ!ずりーよ三蔵!そんな事言って一人だけ美味いモン食いに行くつもりだろっ!」
「・・・何だと?」
ぎ、と三蔵が悟空を睨み下ろす。悟空のこの空気の読めなさと言うのはある意味尊敬に値する。
「まあまあ。それじゃ、三蔵の好きな店にしましょう」
八戒に宥められ、舌打ちと共に歩き出す三蔵の隣に悟空が転がるように走り寄って行く。
「焼肉がダメならスキヤキでもいいっ!」
「しつけえ」
「ほら、あのカレー屋、特盛りだって!」
「うるせえ、このバカ猿っ!」
スパーン!
「いってえー!」
遂に振り下ろされたハリセンの直撃を受け、悲鳴を上げて悟空が頭を抱える。
その悟空を置き去りに、三蔵は粥麺屋の前で立ち止まる。
「え〜、もっと腹持ちのするモンが食いてえよお」
「イヤなら附いて来んな」
文句を言う悟空にそう言い捨てると「ここで良いか」と俺達に訊ねる事もなく、三蔵はカラ、と引き戸を引いて店内に入って行く。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「一人だ」
「4人です」
三蔵に続いて店に入った八戒が笑顔で訂正する。
まだ具合が悪くて焼肉みたいにボリュームのあるモンが喰えないんだったら、何で素直にそう言わねえかな、この坊主。 そう思いながらビールを注文する。
「坦々麺と豚角煮麺と五目麺と温泉卵粥と・・・」
「雲呑麺と、豆鼓と鶏の炒め物と、茹で蝦と、油条の湯葉巻きと、小龍包4皿お願いします」
「湯葉とじゃこの粥、じゃこ抜きで」
「ヤな注文の仕方だな」
「うるせえ」
テーブルに乗り切らない位の料理がどんどん運ばれて来るのに、 ブラックホール胃袋万年欠食猿が物凄い勢いで、つまりいつも通りのペースで皿を片付けて行く。 頼んだ料理に三蔵がちゃんと手を付けている事に安堵の表情を浮かべ、八戒が料理を追加注文する。 粥麺屋を謳ってはいても、サイドメニューもかなり充実していて、しかも美味い。こりゃあ当たりの店だったな、 と機嫌良くプリプリの揚雲呑を悟空と取り合う。
「あーっ!最後の一つだったのにっ!」
「最後の一つだから何だっつうんだ。皿の上のものは全部てめえのモンか?」
「茹で蝦だって悟浄の方がいっぱい食ってたじゃねーか!」
「嘘吐け、カラも剥かず一心不乱に食ってたろーが!」
「・・・そんなに食いたきゃ追加で注文すれば良いだろうが」
のろのろと食っていた所為で、米が水分を吸って明らかに膨張した粥を蓮華に掬いながら呆れたように三蔵が言うが、 別に心底雲呑の一つ二つの事で大騒ぎしている訳じゃない。これは俺達なりの息抜きと言うかじゃれ合いと言うか、そう、 日課の一つなのだ。尤も、小猿ちゃんにとっては死活問題なのかも知れないが。
三蔵と違いコレがレクリエーションの一環だと知っている筈の八戒は然し、三蔵が本気で機嫌を損ねる前に店の女の子を呼び止める。
「済みません、揚雲呑追加で」
「白玉ぜんざい」
八戒の声に続き、ぼそりと注文が発せられる。
「お一つで宜しいですか?」
「ああ」
「揚雲呑と白玉ぜんざいですね。お待ちください」
勿論、白玉ぜんざいを頼んだのは三蔵のヤツだった。思わず、ぽかんと口を開けた侭三蔵を凝視する。
「・・・何か用か」
口を開きながら三蔵が袂から取り出したマルボロに火を点ける。
「イヤ・・・アンタ、白玉って」
「俺が何を食おうが俺の勝手だ」
「いや、本気だったんだなあって・・・」
本当に、あんたと言うヤツは訳が分からない。
「揚雲呑と白玉ぜんざい、お待たせしました」
「あっ、三蔵だけズルイ!」
「てめえは散々食ってるだろうが」
「一口!ひとくち!」
自分の方を指差して口をぱくぱくさせながら悟空が叫ぶ。まだメシ喰ってる最中じゃなかったのかよコイツ。 呆れている俺の前で三蔵が銀色の匙をぜんざいに突っ込み、白玉も掬い上げる。 そして、山盛りの匙を大口開けてるサルの口に突っ込んだ。
「へへっ」
「一口だけだからな」
「分かってるよっ!」
そして、潔癖性の筈の三蔵が、悟空の口に突っ込んだのと同じ匙でぜんざいの器をほじくっては自分の口元に運び始める。
「・・・・・・」
「悟浄も甘い物を頼みますか?」
「え?」
どれ位俺は黙り込んでいたんだろうか、声を掛けられ我に返る。
「あ・・・イヤ、俺はこっちでいいや」
生返事をしながら奇跡的にまだ残っていた揚雲呑に箸を伸ばす。
こんなガキで、色気より食い気のチビ猿に本気で嫉妬するなんて俺はどうかしている。 悟空が頼んだ杏仁豆腐だとかを三蔵が「一口寄越せ」と言って横から箸を突っ込んで食うなんて事、今までだってあったのに。
先刻までは美味いと思っていた筈の揚雲呑を、味も分からない侭無理矢理咀嚼して嚥下する。 一口だけだと言った言葉の通り、それ以上は悟空に分けてやる事もなく、 先程のたくた粥を食っていた時とは全然違うスピードで匙を上げ下げして三蔵はぜんざいを平らげる。
「・・・そんな目で見ても分けてやらんぞ」
ちら、と視線だけを僅かに上向かせて唐突に三蔵が宣言する。
そんな目ってどんな目だよ。俺は別にぜんざいが食いたかった訳じゃねえ。
どうしてこいつはこんなに鈍いんだろう。どうして俺はこんな鈍いヤツの事が好きなんだろう。
「そんなモン食いたいなんて一言も言ってねえだろうが」
涙が出そう、と言うのはこういう時の為にある言葉だと、情けなく思いながら俺に出来るのは気の抜けたビールを飲み干す事だけだった。