hungry?
「あちい」
「だったらくっつくな。離れてろ」
「暑いって言ってんのは外の空気が、ってことで。あんたとくっついてんのは暑くねえの」
「んな訳ねえだろ。俺は充分暑い」
「暑いんじゃなくてこーゆーのはあったけえって言うのお」
「あったけえどころじゃねえよ。暑いと言ったら暑い」
自らの体温を吸ってぬくまったソファの背もたれの生暖かさですら耐えられない程の、 正午近い時間の日差しと気温が室内の温度を不快に高めていた。 くだらない事を言いながらも軽く身を捩るだけで俺の肩に腕を回す悟浄から離れようとしないのは、 身を離さずにいる事が気持ち良いからだ。 正確には、汗に濡れた体を俺に凭れかけさせている悟浄が俺の髪を指で梳くのが気持ち良い。 俺の方こそ夕陽の色のような悟浄の特徴的な赤い髪を好きな筈なのに髪に触れられている事が心地良いだなんて不思議だと思う。 不思議と言えば以前はチャラチャラしたロン毛なんかちっとも好きではなかったのに何時の間にか艶やかな長い髪を嫌いではなくなっている事だって不思議だ。
以前はロン毛が嫌いだったと考えた事を察した訳でもないだろうが悟浄が髪に触れていた指を外して俺の身体を抱き締める。
「相変わらずほっせー・・・ちゃんとメシ喰ってんのか?」
「・・・ああ」
肩口に顎を乗せて訊ねられる問いへの答えは適当なものだった。 仕事が忙しくてここの所平日は碌なモノを口にしていなかった、と言うか碌に食ってもいなかった。 メシを喰う時間もメシを買いに行く時間も惜しかった。いっそ泊まり込んだ方が、 そう思う社員をとっとと帰宅させるべく定時過ぎると全館の冷房が切れるので窓を開けても換気しきれない蒸し暑いビル内の温度に耐え兼ねた頃漸く帰路に就く、 そんな毎日を送っていた。
だがそんな事はどうでも良かった。平日は悟浄の事を思い出す暇もない程多忙だったとしても今ここには悟浄がいて、 自分を抱き竦めている。その事実に比べれば何もかもがどうでも良い事だった。 昨晩スーパーに寄ってから帰宅したので久し振りに冷蔵庫には食い物が溢れている。 服を着た侭或いは裸で抱き合って、腹が減れば適当に飯を喰い、 時間を持て余したならレンタルショップに行きDVDでも借りて来れば良い。自堕落、とも言える穏やかな時間。
行為を前提としたものではない指使いで悟浄がシャツの上から俺の肋骨をなぞる。 少し強く皮膚の上から押さえ込み、骨の数を数えるかのように。 ちょうど、一番肉付きの薄い辺り。
ごりごり。
ごりごり。
「痛えだろ」
「あ、悪い」
そう言いながらも悟浄の掌は離れない。
メシをちゃんと食っているかとお節介を焼く悟浄にしたって割と細身の方だろう。 俺のものより長い指はごつごつとした骨の感触を伝えて来る。
「食ってねえのはどっちだよ」
僅かに滲む汗と共に張り付いている悟浄の腕から離れるのは名残惜しかったが適当に振り解いて立ち上がる。 冷蔵庫の中に冷したおでんが入っていた。
先日隣家の住人である八戒が持って来た冷たいおでんとやらが、まあ、 仲々美味かったのでスーパーに行った折練り物コーナーを覗いてみたのだ。 この蒸し暑い時期にも関わらず何故かそこにはおでんの材料が一通り揃っていて、 その他にも一人前でセット済みになっている「冷たいおでん」とやらがあったのだ、確かに。 恐らくそれは調理する必要もなく、温める必要さえなく買って帰って袋を開けるだけで良いのだろう。 成程これか、と思ったがそちらではなく、通常の、自分で煮込むおでんの具を幾つか見繕って帰り昨夜早速煮てみた。 そして一晩冷蔵庫で冷やし朝飯代わりに喰ったのだ。
その、残りが冷蔵庫に入っている。
あまり煮込んで味が濃くなっても美味いもんでもないだろう、 だったら軽く火を通せば食える夏野菜も混ぜてみたらどうだろうかとの思惑は、 外れではなかったようで自分で言うのもなんだが仲々に良い出来だった。 悟浄にも喰わせてやろう、と思った処で自分が機嫌が良い事に気が付いた。 それが、悟浄が傍らに居る所為なのか上手く出来たおでんの所為なのかは分からなかった。
分からない侭に悟浄を見下ろし、告げる。
「腹が減ってるだろう?」
「喰むべき」の続き。 仮タイトルは「夏おでん」。「ODEN」(UDON風に)にしちゃおうかと思いましたがそれもあんまりなので。

novel−パラレル