人形クリニック 2
「三蔵様如何なされましたか!?」「三蔵ッ!」
銃撃の音が寺院内に響き渡るやいなやばたばたと廊下を走る幾つもの足音が執務室に向かい複数方向から集まって来た。 その中でも一際騒々しくかつ速いのが悟空のものだと三蔵は知っていた。
バンッ!と扉を激しく開けて(反動で扉が跳ね返り悟空の後に続いていた僧は扉に危うくぶつかりかけた) だだだ、と入り口からものの十歩も掛からずに執務机の処までやって来た悟空だったが。
「三蔵?」
机の処に三蔵がいないと見て室内に視線を走らせるがすぐ窓の外に見慣れた金色を発見した。
「三蔵、どうして外に出てるんだよ」
悟空は三蔵を発見するとすぐさま窓枠をひらりと飛び越えて同じく庭に出た。
「何事ですか?」
「三蔵様、お外に怪しい者でも?」
遅れて屋外から回って来た警護僧達も三蔵を発見し次々に口を開く。 室内から執務室へと回って来た者達は、流石に悟空のように窓から外へ出る訳にはいかず窓に鈴なりになっていたが。
「大事ない。見た事もないようなでかいゴキブリがいてな。撃ち殺してやろうと思ったんだが」
不殺生を謳う仏教寺院内では例え対象が害虫であっても「殺す」発言は本当であれば大変に宜しくないのだが銃を仕舞い込みながらしれっと三蔵は告げる。
「執務室にゴキブリですと!?」
「ああ。触覚が30cmはあってな。見間違いかと思ったが矢張りゴキブリだった」
「申し訳ございません。清掃当番の者をきつく叱っておきます」
黒衣の警護僧が上半身を折って謝罪する。
「もう出て行ったから気にする事は無い。此処の処良い陽気だったからな」
「然し」
「構わん。どの道見付けたからと言って殺す訳にもいかんだろう。持ち場に戻れ」
「は・・・」
とりつく島のない命令口調で言われ、「撃ち殺すつもりだった」と自分で言ったんだろうが、 とは最高僧たる三蔵法師に突っ込む勇気も無く、警護僧は再度頭を下げた後渋々とその場を後にした。 然し、いつも仕事中に三蔵の執務室を訪れると怒られる為最近では呼ばれない限り執務室に勝手にやって来る事のなくなった悟空だけは、 折角三蔵の処に来たのだから・・・と警護僧が去った後も立ち去り難くその場に留まっていた。
「・・・もう良いだろう」
ちらと辺りを見回した後小声で言う三蔵に「何が?」と悟空がきょとんとしていると、 三蔵の背後の木陰がもそもそと動き巨大な触覚が這い出して来た。
「何が『殺す訳にはいかん』だ。銃なんかで撃たれたら死ぬっつうの」
「あーっ、ゴキブリって悟浄の事だったんだ」
「誰がゴキブリだ陰険坊主にクソチビ猿っ!」
その姿を眼にするや否や大声を出した悟空と悟浄は即いつもの過激な言葉のじゃれ合いを始める。
「赤ゴキブリ巨大ゴキブリ触覚ゴキブリ・・・」
「ふざっけんな。この色男の何処がゴキブリだっ!」
「くだらねえ。とっとと行くぞ」
二人のじゃれ合いには眼もくれず三蔵は背中を向けた。
「あん?」
「早くしねえと見付かるだろうが。無駄にでかい図体しやがって」
そう言って歩き始めた先は敷石を敷いた正しい通り道では無かった。恐らく人目に付きにくいルートなのであろう。
「でかい図体ってあんたね・・・ホント口が悪ぃったらねえな」
「行くって何処へだ?」
「・・・・・・」
悟空の問いに三蔵は答えず植木の密集している辺りに無理矢理突っ込んで行く。
「八戒の見舞い」
三蔵の後に従いながら悟浄が答える。悟空には楽に通れる程度の路だったが三蔵と、 そして三蔵よりも尚上背のある悟浄にはやや窮屈だった通り道を抜けた後は赤い髪に緑色の葉っぱが飾りのように乗っていた。
「八戒どうかしたのか?」
「ちょっとな、怪我しちまって。お前も見舞い来るだろ?」
「うん、行くっ!」
悟空が勢い良く返事した時はもう寺院の門前に辿り着いていた。 つまり、途中の回廊をぐねぐねと幾度も曲がり順序良く通り抜けず執務室からいきなり門扉に現れた格好になった。 いつもは執務室から足を踏み出すなり「三蔵様どちらへ!?」と引き留められるのを「急用だ」 と素っ気なく言い捨て「お待ち下さい」「煩え」と一騒動起こしながらのご登場となる為門番にも何だかんだと足止めを喰らうのだが。 こうして寺院のうるさ方に見付からず此処まで辿り着いてしまえば「ご予定通りの外出」のように見えるので門番も咎める事なく 「行ってらっしゃいませ」などと神妙な顔つきで頭を下げながら三蔵を送り出す。
成程三蔵はいつもこのルートを使ってお仕事から抜け出して来てんのか、と悟浄は言葉にこそしなかったが道順を記憶に留めた。
「おい、ジープは何処だ」
寺院の外に出るなり袂の煙草を探りながら三蔵が尋ねる。 「ジープの送迎付き」の言葉に偽りがあったら悟空だけ押し付けて自分は何処か適当な場所で一人のんびりと羽を伸ばすつもりだった。
「あの侭じゃ目立つから元の姿に戻って隠れて貰ってる。そこの壁んとこ」
悟浄の言葉に従い寺院の壁に沿って歩いて行くと路に張り出した樹木の枝に確かに白竜が待っていた。
「街中にジープじゃ目立つから長安の外に出るまで歩くけどイイ?」
「好きにしろ」
「ジープ、俺の肩に止まれよ!」
「ピイ」
悟空の申し出に白竜は素直に従った。
「あーっ!悟浄止まって!」
長安の街を出て悟浄の家に向かい一路ジープで走行中、突然悟空が声を上げた。
「ああ?」
「いいから今すぐ止まってくれよっ!」
悟空の必死な声に悟浄がブレーキを踏み付けジープが急停車する。
「どうした」
悟空がこれだけ必死な声を上げるからにはそれなりの理由があるに違いない。 悟空が視線を送っている方へと三蔵も素早く顔を向けると悟空がある一点を指差した。
「あれ、あそこに花っ!」
「・・・・・・」
悟空の指差した先には別段三蔵に、或いは悟浄に悪意を持つ者がいた訳では無く、ただ可憐な薄桃色の花が咲いているのみであった。
それがどうしたと、三蔵と悟浄は非常に不本意ながらも同じ事を同時に考えた。
「八戒のお見舞いに持ってこうぜ」
「・・・何ソレ三蔵様の躾?」
「俺じゃねえ」
はしゃぐ悟空の様子に一応悟浄は飼い主である三蔵に尋ねてみるが、案の定不機嫌に即答された。
「あのなあ。オンナノコじゃあるまいし道端の花なんか持ってったって喜ばねっつうの」
「・・・何で?」
呆れたように言う悟浄の言葉の意味が本気で分からないと言うように悟空は不思議そうな瞳を向けた。
「だって俺お見舞いには花かメロンだって教わって・・・アレ?」
「メロン?」
「俺じゃねえぞ」
今度は尋ねられるより前に三蔵は否定の言葉を発した。
「んな事聞けば分かるけどよ」
三蔵が見舞いに手土産を持って行けと教えるとは考え難い。 百歩譲って、抜き差しならない事情があってどうしても手土産を持っていかなくてはならない事態が発生したとしても、 罷り間違っても三蔵が「メロンを持っていけ」とは言わないだろう・・・と言う事は悟浄にも分かった。
然しそんな悟浄と三蔵の言葉も耳に入らないらしく言いかけた侭悟空は当惑したように頭に手を遣って考える。
「あれ?えーと・・・?」
誰に教えてもらったんだろう?
三蔵・・・・・・じゃなくて。
じゃあ、誰に?
大体俺は三蔵の処に来てから誰かの見舞いになんて行った事が無い筈なのに。
「悟空」
黙り込んでしまった悟空に三蔵がその名を呼ぶ。
「八戒が喜ぶ。沢山摘んでいってやれ」
そう言って悟空の頭に手を置いて掻き混ぜるように髪を撫でてやると項垂れていた悟空はぱっと顔を上げた。
「うんっ!俺摘んで来るなっ!」
言うのとほぼ同時に悟空はジープの座席から飛び出して行った。
「ウチ花瓶ねえから程々にしとけよー・・・って聞こえてねえなありゃ」
悟空の背中に悟浄が声を掛けるが悟空は一直線に花の生えている辺りに走って行くばかりで返事を返さない。
「俺らも一休みする?」
そう言って悟浄も悟空に倣ってジープを降りた。道の端から少しずつ傾斜し下りになっている土手には一面に緑色の草が生えていた。 傾斜の緩い処を選んで土手に腰を降ろしてから悟浄は三蔵を振り返る。 道の端に立った侭腕を組んでいる三蔵に「座ったら」と声を掛けるが無視された。
ごろりと寝そべって悟空が喜び勇んで摘み取っている秋に咲く花を見て、もう夏も終わりだねえなどとのんびり悟浄は考えてみる。
「・・・そう言えば八戒はどうして火傷なんかしたんだ」
言葉と共にカチリとライターを点火する聞き慣れた音がして三蔵が煙草を銜えている事が振り向かずとも分かった。
「あー、俺も良く分からねえんだけど。持ってた人形がいきなり燃え上がったっつってたんだよな」
「ヒトガタ・・・?」
その言葉を聞いても振り返らなかった為悟浄には三蔵の表情が強張ったのは見えなかった。
「ああ?何よソレ。ニンギョウだよ人形」
「八戒がどうして人形なんか持ってたんだ」
「人形ったってヌイグルミとかじゃねえぜ?玩具の紙人形だよ。八戒のヤツ手先が器用でさ、 ペーパークラフトっつうの?紙折り畳んで切り抜いて「じゃーん!出来上がり!っつう感じで簡単にこさえちまうんだぜ」
「それがどうして火傷の原因になるんだ」
三蔵が問いを重ねた時も相変わらず草の上に身体を横たえた侭の悟浄は天上の空の青しか視界に入れていなかった。
「イヤ、俺も見てた訳じゃないから・・・ただ持っていたら突然燃え上がったとしか」
「・・・そうか」
悟浄は八戒が手先が器用だと言ったがそんな事説明されるまでもなく三蔵も知っていた。 数日前頼んだ用事が片付いたと寺にやって来た八戒がついでに悟空を構って行き、その際披露してみせたのだそのペーパークラフトとやらを。
「うわー、すげえなあ八戒」
一枚の紙を何回か折り畳んだ後数カ所に鋏で切り目を入れてびらびらと紙を開くと幾重にも連なった形状の紙人形が出来上がっていた。 三蔵はそれを見ても特に感嘆する事は無く物騒なモノ作って何喜んでやがる、と思ったのだその時。
「三蔵もやってみませんか?簡単ですから」
簡単だと言われなくともそれ位自分だって何度も作った事がある。 三蔵は無言で卓上から一枚の紙を取り上げ、懐から小刀を取り出し小さく切り目を入れたりくり抜いていったりした。 終始無言の侭作り上げた紙人形を机の上に置くと悟空は「良く出来てんなこの人形」と感心していた。
その時所用で呼び出され、呉々もきちんと片付けるようにと言い置いてその場を後にした。 戻って来た時には八戒は既に帰った後で悟空も何処に行ったものか姿が見当たらなかった。 ちゃんと片付けろと言ったにも関わらず机に出しっ放しになっていた紙人形を片付けていた時確かに自分が拵えた人形(ひとがた)が無くなっているのには気が付いた。
「こんなもん放ったらかしにしといたら危ねえだろうが」
ぶつぶつと文句をたれながら三蔵は放置されていた紙人形を回収しライターで火を点けて灰皿の上で燃やしてしまった。 知らない者にはただの遊びの紙人形に見えるだろうが紙と雖も人の形を取った時点で人形(ひとがた)としての依り代となり得る事を、 寺院に身を置く者ならば大概知っている。八戒や悟空の作った物であれば無害のように思えるが、 眼を放した隙に誰かの呪(しゅ)を掛けられていたらこんな紙人形でも知らず燃やしてしまえば「返し」を喰らったのと同じダメージを受ける。 或いは自分で人形(ひとがた)を拵えずこの場に放置された物を持ち出して悪用された場合、術が成就したのならばまだ良いが、 返しを喰らった時は術者当人が拵えた人形で無い場合どうなるのかは分からないが、恐らく拵えた者も無傷では済まないであろう。 そう思っての処置だった。見付からなかった人形は自分が拵えたモノで、自分と繋がっていたから念で辿って法力で発火させた筈・・・だった。
恐らくその時たまたま八戒がその人形(ひとがた)をただの人形(にんぎょう)だと思って手にしていたのだろう。 そして自然発火では無く法力による発火だった為容易く消える事は無かっただろう事は想像に難くない。
「・・・・・・」
三蔵は煙草を揉み消して無言で土手を下って行った。
「三蔵様もお花摘み?」
草履の裏が草で滑るらしく多少危なっかしい足取りの三蔵に揶揄うように悟浄が言う。
「・・・これは火傷に効く薬草だ」
勝手に人の拵えた人形(ひとがた)を、ただの紙人形だと思ったにしろ持ち出してしまった八戒が悪い。 そもそも例え人形と雖も人の作った物を無断で持って帰るのが悪いのだ、 そう思うのに自分が腰を屈めて薬草を摘んでいるのは何故だか当の三蔵にも分からなかったが。
自分にはタダの雑草にしか見えない草を無言ながらも手を休める事無くぶちぶちと摘んで行く三蔵の姿を寝転がった侭眺め、 いい処もあるんじゃねえかとぷかりと煙草の煙を浮かべながら悟浄は感心したのであった。