りんりんと。
法会の警護の為にと呼び出された寺で通された部屋には年若い二人の坊主のみしかおらず、 どうやらここで当の警護すべき噂の貴人、お偉い三蔵法師様を待てと言う事らしかった。
人の事呼び付けておきながら勿体つけやがって、 そう思ってわざとのように椅子にふんぞり返って腰を下ろすと遅れて茶と茶菓子が運ばれて来た。
ことりと音を立てて湯呑みを卓の上に置くと頭を下げて小坊主は退出し、 ヨシヨシ、気が利くじゃねえかと俺は早速茶菓子をチェックする。俺は甘いものは嫌いではない。 男だから甘いものは苦手だろうと一方的に決め付けられてあられだの豆菓子だのを出されると腹が立つ。
然し5つっつうのはえらく半端な数だ。俺と、不肖の部下と、三蔵法師と、あとこの坊主共も喰うのだろうか。 一人一つずつとは大寺院の割にケチくさい。


「お待たせいたしました。三蔵様がいらっしゃいます」
先払いの声に、上品な薄べったい最中に伸ばし掛けていた手を引っ込める。
「こちらです」
三蔵法師を案内して来た坊主は今度は退出する事無く室内に留まる。
おかしい。一人一つずつだとしても茶菓子が足りないではないか。
「三蔵様。こちら、左金吾衛の・・・」
「分かっている」
卓の横で立った侭の坊主が慌てたように紹介するのを、 玄奘三蔵法師は遅れてやって来たにも関わらず偉そうに腕を組みながら短い言葉で遮った。
「李亮涼と申します」
自ら名乗るのにこちらを一瞥もせず、三蔵法師は卓上の茶菓子にちらと視線を当てる。
「どの辺りまで話は聞いている」
いきなり用件を切り出しながら松葉のような小さな模様のある最中に手を伸ばし、顔を上げたその人の瞳は葡萄のような濡れた紫色だった。
しまった、冷蔵庫に貰いモンの葡萄を仕舞いっ放しで忘れてた。そろそろ食わねえと、 そんな事を考えながらその瞳から視線を逸らし、机上の図面に視線を戻すと紙の上にす、と指を走らせる。
「法会が行われるのはこの大講堂、当日は一般の者にはこの大講堂へ至る正面の通路、及び左右の通路のみを開放し他の通路は閉鎖すると」
確認するように顔を上げれば最高僧は無言の侭頷いた。つうか最中が口に入ってたんじゃ喋る事は出来ないだろう。
「そして門も、正面の大門以外は開放しない。一般僧が使用する通用門も裏門以外は臨時に閉鎖します。 勿論妖怪どもが正面きって乗り込んで来るとは思えませんので、この閉鎖した門には兵を配置します」
そこまで一息に言って、息を継ぐ。
「そしてこの大講堂内には一般人に扮した部下を」
「不要だ」
「・・・・・・。では部下の者を三蔵様の身辺に配備し」
「不要だ」
「・・・・・・」
何を言ってやがるんだこの坊主は、そう思い腹立ち紛れに最中をひっ掴んで口の中に押し込む。 一口で全て口の中に収め切れる程の小さなそれは、名のある老舗のものらしく羊羹のような濃い味の、 しかし妙にクセになるねっとりとした餡が包まれていた。 これだったら最初に運ばれて来た時に変に遠慮なんかせずに一気に全部喰っちまえば良かった。
「・・・・・・それは、」
最中を咀嚼してから口を開くが、訊ねようとした言葉は三度最高僧の台詞に遮られる。
「妖怪とやりあった事は」
訊ねながら三蔵法師は二つ目の最中を口元に運ぶ。
これで残り2個。おいおい、良いのかよ。
「いいえ」
「(もぐもぐ)お前がか、(もごもご)お前の部下ともどもか」
「どちらもです」
喰いながら喋るなよ、最高僧ともあろう者が。
「・・・長安では凶暴化した妖怪が狼藉を働いた事はなかったのか」
湯呑みに手を伸ばしながら三蔵法師が訊ねる。
どういう事だろう。最中は最初から人数分用意されていなかったと言う事なのだろうか。 それとも用意されていたのは客(俺達の事だ)と、三蔵法師の分だけで、坊主共の分はないと、そう言う事なのだろうか。
「幸いな事に」
「そうか・・・」
そう答えて三蔵法師は湯呑みを卓上に戻す。
「分かった。配置に関しては一任する」
「は」
「だが俺の回りには兵を置くな。無論講堂内にもだ」
「それは承諾出来ません」
「ならばこの警備依頼自体を取り下げる」
「・・・・・な、」
「三蔵様!」
一気に膠着状態に陥ったその場を和ませる為に、と言うのは単なる言い訳で。会話が途切れたその瞬間に二つ目の最中に素早く手を伸ばす。
美味い。美味すぎる。
そんな台詞を脳裏に浮かべつつ口元がだらしなく緩むのを止められない。
これで残り一つ。
不肖の部下も早い処喰っちまえば良いのに。いや、荘厳な寺の雰囲気に飲まれているらしいこいつにはそれどころではないのかも知れない。 だったら俺が喰ってやる。喰うさ、喰うとも。喰っちまえ。何と言ってもこっちは一応客なのだ。
「・・・理由をお聞かせ願えますか。三蔵様の身辺に兵を配置してはならない理由を」
「邪魔だからだ」
「・・・・・・!」
些かの遠慮もなく端的に告げられた台詞と共に投げかけられた敵でも発見したかのような険しい瞳の色に背筋がひやりとする。
「実戦経験のないヤツらにうろちょろされんのは迷惑だ」
容赦のない台詞に怯んだ隙に、最高僧が無造作に手を伸ばし、最後の最中を口に入れた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・(もごもご)」
何か文句でもあんのか、と言いたげなその男は何を言うでもなく(最中で口が一杯だからだ、そうに決まっている)俺を一瞥した。
ムシの好かない男だと思った。

33題「信仰」サイドストーリーと言うか何と言うか。

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