terrible lie
「無視すんなよ」
そう言って乱暴に肩を鷲掴む悟浄の大きな、体温の高い手。
俺が、他人の体温を嫌っている事など疾うにお見通しなのだと言わんばかりの優越感に満ちた瞳。
その、悟浄の確信に満ちた視線を裏付けるかのように大きな手の平の体温に情けなくも跳ね上がる、肩。
悟浄の体温はあの下賤な欲望に満ちた男達のそれとは違うのだと分かっている筈なのに。
それでも唐突に触れられると身体が勝手に反応する。

「顔と、売り物になる程度に身体が無事なら良い」
そう言われた。否、正確には俺が言われた訳ではない、抵抗する俺を捕らえようとする娼館の用心棒達に叫ぶように告げられた命令だ。
クスリを飲まされ手足を傷付けられ、惨めったらしく地べたを這いずる俺に、 それでも幾ばくかの価値があるのだと抗う俺を抑え込もうとする幾つもの、手。
手も足も、機能なんかしなくともお飾りとしてだけ付いていれば良いのだと、 身体に傷は負っても飾りものである顔だけは無傷な侭で捕らえろと。
俺と言う人間は、欲望を注ぎ込まれるだけのただの器でそれ以上でもそれ以下でもなく、 俺と言う人格の存在など無意味なのだと踏みにじる言葉なんぞに傷付いたりはしない。
俺が先程殺した盗賊達に、宝物庫の鍵を渡せと指を一本ずつ切り落とされた年老いた住職や、 間に割って入って腕を切り落とされた若い僧侶の痛み苦しみに、比す程の事もない。
こんな記憶など。
そう、思っているのに。



耐えられないのだと、 他人に触れられる事が苦痛なのだと告げてしまえばあのアホが不作法に触れて来る事は二度とないだろうと混乱した脳裏で何故か確信を持つ。 アイツはああ見えて、弱い相手にはそれなりの節度を以て接する筈だと。
冗談じゃねえ、誰が弱い相手だなどと。
触れて来る他人が怖いなんてあんなクソ野郎になど、誰が。
いや、違う。俺は誰も怖くなんかねえ。
何も怖いものなんかねえ。
ウソだ。ウソだ。
この俺が、近付いて来る他人の体温が怖いだなんて、そんな事ありはしない。
そんな事、絶対にありえない。
俺は何者にも、何事にも怯えたりはしない。



「おかえり、さんぞー」
脳天気な顔で俺を迎えるバカ猿。朝見た時と違って、泥にまみれている細い手足と頭。 ああ、またてめえはどっかでさんざっぱら汚れて来やがって。その汚い格好の侭部屋に入って来んな。 大体何をどうやったら、この晴天にそんな泥まみれになれるんだ。
睨み付けてやってんのに何が面白いのか笑っていやがる。
「早かったな。あのな、今日・・・」
そう言って、開けっぴろげな笑顔と共に俺に近付いて来る人一倍体温の高い小猿。 薄汚れた手が法衣の袖口をぐしゃりと掴んでもほら、どうってことねえだろ。
そう、思っている筈なのに。
「・・・・・・っ」
いつもと変わらぬ小猿の表情に気が緩んだらしく唐突に胃からせり上がって来るモノに、 悟空の手を乱暴に振り解いて口元を押さえ足早に洗面所へ向かう。
消化されきっていない朝メシが開いた口から、熱い液体がきつく閉じた瞳からダラダラと溢れ出す。
慌てたように悟空が汚れた手で法衣の背中をさする。いいからとっとと手を洗え、そう言わなくてはならないのに。 何ともねえから放っておけと、そう言わなくてはならないのに。
洗面台の端を必死に掴む、震える指。
冷たい陶器に力を込めて無意味に爪を立てる。
どうしようもなく自分が惨めで。
矮小な自分への止む事のない嘔吐感に、瞳が濡れ続ける。

ひとつの沈黙」の続き。

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