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川に入って素手で魚を鷲掴み、ではなく川っぺりに魚を跳ね上げさせていた悟空を煙草を銜えながら呆れたように眺めていた三蔵は、 何時の間にか樹に凭れた侭眠ってしまっていた。矢張りまだ貧血気味なのだろう、 連日の野宿にも関わらず三蔵は夜もぐっすり寝入るようになった。
「済みません、山道が続いているのでジープを少し休ませたいんですが」
そんな事を言って川辺で八戒が有無を言わさずジープを停めた。
「山を迂回した方が早いとは思いますが、恐らく山に入ってしまえば当分人里はありませんよ」
と、そんな事を言われてしまえば普段であれば遠回りになるルートなんか選ぶ筈もない三蔵が敢えて時間の掛かる方のルートを選んだ事を最大限に利用して。
ここの所の街でのトラブル続きに、多少遠回りしてでも人に遭わないルートを選ぶ方が良いと三蔵が思っているであろう事は知っていた。 最終的に山道に分け入る事を決断したのは三蔵だったが、もし三蔵が迂回しないで街へ直行するように命じていたら、 道に迷った振りをしてでも八戒は山中にジープを進めていたかも知れない。


俺達が宿泊した事で妖怪の襲撃を受け、無用に死んでいった街の人々。それから、異教の司教サマの不思議な力により甦ったその人達。
次いで逗留した街では通りかかる旅人を妖怪に差し出す事で自分達の保身を図っていた街人達の襲撃を受けた。
少数の犠牲で多数の人間が変わりなく日常を送れるのなら、それは間違いではないのかも知れない。 然しその過去を思えば、本当の処人里から暫く遠ざかっていたかったのは三蔵よりも寧ろ八戒の方なのだろう。
そして、その八戒に言い渡された「人里は当分ない」の言葉を受け暫し無言で考え込んでいた三蔵と。
普段であれば具合の悪い三蔵を野宿なんかさせたりしない八戒の必死の申し出を、 これまたわざわざ遠回りなんかしたら無関係の人間を巻き込む事を畏れているのではないかと思われる、 そんな事をイヤがるであろう三蔵が承諾し、自身の意思であるかのように敢えて人里を遠く離れて山ン中に踏み行った。
イヤに、なる。
腹の底を見せずごしょごしょ薄暗く探り合いをしているこの二人にも、 そんなどよよんと沈み込んだ二人に掛ける言葉も見付からない自分にも。


「さんぞーっ!」
川ン中からぶんぶん手を振る悟空が、こんな時手を振り返したりしない代わり、 律儀に「うるせえ、てめえはガキか!」と怒鳴り返す三蔵の返答が無い事に「あれ」と言ってざばざばと水から上がって来る。
「バカ、寄んな。水が撥ねんだろーが」
「へへーんだ」
「三蔵は眠ってしまったようなので、火を熾して魚を調理しましょうか」
「やったー!何か手伝う事ない?」
「じゃあ、薪を拾って来て下さい。悟浄、悟空」
「へーい」
食い物もロクに見付けられない荒れた山地での野宿に比べれば、今回は随分と食料事情の良い方だった。 綺麗な川、肥えた魚、そこらに成ってる豊富な果物。こんな山に分け入らずとも整備された街道を通れば短時間で街に着く。 つまり、街の人間は滅多な事じゃ山に入る必要がなく、その為これだけ自然豊かな山が手つかずで放置されているのだろう。
有り難くないご指名を受け、それでも腰を下ろしていた地面から立ち上がった。



腰を屈めて薪を拾い集めている最中、ハナの利く悟空が「食いモンの匂いがする!」と駆け出して行く。 あっと言う間に遠ざかる背中を呆れて見送り、放り出された薪を再度集めて抱え直し、 勝手にどっかに行ってしまった悟空は放っておく事にして先に八戒の処に戻る。
「あれ、悟空はどうしました」
「何か食うモン見付けたみてえだぜ」
「あはは、流石ですねえ」
そんな事を言いながら八戒が手際良く小枝を組み上げるのにライターを差し出してやる。
パチパチと火が爆ぜて魚の焼ける良い匂いが漂い始める頃、口の端を紫色に汚した悟空が戻って来た。
「たっだいまー」
「ただいまじゃねえだろ。てめえだけ食ってねえでとっとと戻って来いよ」
「そんな事言うと悟浄には分けてやらないもんねーだ」
飼い主に似て口の減らない小猿だ。
「調度魚が焼けた処ですよ」
八戒が肩布をするりと落として地面に広げ、その上に悟空は両腕に抱えていた桑の実をばらばらと落とす。 普段だったら有り難がって食う程のものではないが、野宿の際はこんなものでも助かる。
「三蔵、魚焼けたってさ」
少し離れた処で未だ眠った侭の三蔵に近寄りながら、声を潜める事もなくごく当たり前の口調で悟空が呼び掛ける。
「悟空、ダメですよ」
「・・・え?」
こちらは声を荒らげる事もなく、静かに悟空を制止する八戒の声に悟空はきょとんとした顔で振り返る。
「寝かしておいてあげましょう」
「何で?魚なら人数分あるだろ?」
「いえ、三蔵に内緒で食べようと言う訳ではなくてですね・・・」
「大丈夫だよ」
困ったような八戒に、悟空は何の気負いもなくぽつりと言う。
「え」
「八戒、三蔵は大丈夫だよ」
再度、悟空はにこりと大人びた顔で笑って告げた。
本当の処、三蔵の事を一番良く分かっているのは悟空だ。それが分かっているから八戒はそれ以上何も言わない。
ああ、イヤになる。
八戒が三蔵に過保護と言うか、過干渉気味なのは分かっていたのに何も言えないでいた自分が。 悟空のように三蔵は大丈夫だと自信を持って断定出来ない自分が。
どうして俺はこんなにも何も出来ないんだろう。

悟空が肩に軽く触れると、三蔵は幾度か瞳をしばたいた後、怠そうに、だがふらつく事無く起き上がった。 それは、つまり壊れ物でも扱うように三蔵を取り巻いていた俺と八戒には分からなかっただけで、 三蔵の回復は予想以上に早かったと言う事を意味していて。
俺は、本当に何も分かっちゃいない。
本当に、イヤになる。

指先の続き。

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