日々の地図 1
ちゃんと覚えていたのだ、悟浄の誕生日を。 昨年は悟浄が自ら「9日は誕生日だから一緒にメシ食いに行こう?」と言い出して来たが今年は俺から訊ねてやった。
「何か欲しいモンはあるか?・・・どっか行ってみたい店があるんだったら食事でも良いが」
そう告げるのに悟浄のヤツは
「ラーメン」
と答えたので脱力した。





「普段はさ、並んでまで食べるの面倒くさいじゃん」
「・・・まあな」
ラーメン如きに並ぶのなんて会社員が一斉にメシを食いに出る昼時だけだと思っていたが、そうでもないらしい。 仕事帰りに悟浄の職場近くで待ち合わせヤツの行きたいと言うラーメン屋に連れ立って行き、 店内に置かれた長椅子に座って順番を待つ。
「お二人様ですか」
揃いの赤いバンダナを頭に巻き付けた、 この朝夕の冷え込む時期にも関わらずこれも揃いの黒いTシャツの袖を肩まで捲り上げた店員が訊ねるのに悟浄は 「二人」と指を二本突き立てて答える。
「お二人様こちらの席どうぞー」
案内された席に座りメニューに手を伸ばす。
「この店な、醤油とか味噌もあるけど塩しか美味しくないから」
メニューを覗き込むフリで顔を寄せて他の客に聞こえない位の小さい声でぼそりと悟浄が告げる。
・・・どんな店だ。
店員がお冷やのコップを置きに来るのに悟浄は「塩で良い?」と訊ねる。
「ああ」
答えながら結局ロクに見る事もなかったメニューをぱたりと閉じて元の場所に戻す。
「塩と卵。二つずつ。俺は大盛りで」
程なく運ばれて来たのは卵だけだった。ラーメンに載って来るものだと思っていたが、小皿に載せられラーメンとは別に来た。
「トッピングの卵って冷たいヤツ出す処が多いけど、ここのはあったかいんだ。別に食べても良いしラーメンに乗せても良いけど」
当然のように悟浄が割り箸を二本取り、一本を俺に手渡す。
「良く来るのか」
ぱしんと音を立てて箸を割り慣れたように解説する悟浄に、ふと訊ねる。
「昼の時間外した時たまに。昼時は混んじゃって並びたくないから来ないけど」
そう答えながら悟浄は縦に二つに割られている卵の一切れを一口で全て口に収める。
「塩二つ、お待たせしましたー」
目の前に運ばれて来たラーメンは悟浄は塩だと言ったが豚骨と見間違う程に脂が混じっていた。割り箸を割ってぐるぐるとつつき回す。 箸で摘むと崩れ落ちそうな程柔らかい脂身の多いチャーシューは、 一枚目は美味いと思ったが二枚目でくどくて飽きたので後で喰おうと思っていたこれもラーメンに載っていた小梅をぽりぽりと啄む。
「汁、マジ美味いから飲んでみ」
悟浄に促され蓮華で汁を掬い口に運ぶ。
「・・・美味い」
脂ぎった外見を裏切り意外としつこくない。少し強めの味がするが決して汁だけ飲むと濃過ぎると言う事もない。
「だろ」
「豚骨が好きなんじゃなかったのか」
「いつも豚骨ばっか食ってる訳じゃねえよ」
ずぞぞぞと勢い良く丼の中身を掻き込む悟浄に、 もしかしたらここのラーメンはそんなに熱くないのかも知れないと箸で少しだけ摘み上げて口に入れる。
・・・やっぱり熱くてまだ喰えそうもない。
「どしたの。喰えば」
「そのうちな」
「あんたおかしな事言うな」
ぷっと僅かに吹き出しながらそう告げられる。
俺に言わせてみればこんなに熱いモンを平然と喰えるお前の方がどうかしている。
憮然としながら再び汁を蓮華で口元に運ぶ。そうだ、汁が少なくなれば麺が冷めるのも早くなるに違いない。
繰り返し汁を蓮華で掬い上げているうちに悟浄はどうやら既に喰い終わってしまったらしい。 ラーメン早食い大会とかに出場出来るかも知れない。
先に汁を減らした甲斐があってか漸く少し冷めてどうにか喰えるようになって来た麺を箸で摘む。
「三蔵、ラーメン好きじゃねえの?」
「・・・そんな事はないが」
つうか今更訊ねる事かてめえ。好きか嫌いかなんて、店に来る前に確認する事だろうが。
悟浄のこういう、妙に気が利いたかと思うと妙に自分勝手な処は時折耐え難い。
が、今日は悟浄の誕生日なので黙って麺を啜る。
「普段は昼飯って外喰いに行ったりしねえの?弁当?」
「いや、弁当は面倒だからな・・・」
「へー、何か意外」
「・・・?」
「あんたって何でもちゃきちゃき片付けちゃいそうじゃん。面倒に思う事なんてあるんだ」
「・・・そう見えるのか・・・」
悟浄は俺の事を意外だと言ったが、俺の方こそ驚いた。 俺にとっては休日に人混みの中をわざわざ出掛ける事も面倒だし、混んだ店で並んでまで飯を喰う事だって面倒だ。 基本的に俺は面倒くさがりなのだ。
「だってさ、あんた会う度悟空にメシ作ってやらなきゃとか弁当作ってやらなきゃとかそんな事ばっか言うじゃん」
「そんな事は・・・」
「・・・・・・」
言い差し、不意に思い出した。
以前、悟空に弁当を作ってやるから帰らなくては、と告げて悟浄の家を辞そうとしたら「帰るな」と引き留められ、 玄関先でコトに及ばれた事を。固い床の上で、下半身だけひん剥かれたのだ。
「・・・・・・。」
あんなガキになんか嫉妬してんじゃねえよ。
本当にコイツは、無駄に気が利いたかと思うと妙な処で思考が無駄にショートしている。
「・・・・・・」
どうやら悟浄も同じ事を思い出していたらしく、壁の方を向いて不自然に黙り込んでコップの水を一息に飲み干している。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・喰い終わった?」
「あ、ああ・・・」
麺があらかた片付くが早いかそう訊ねられる。気が早えんだよこの早食い王選手権!
「うっしゃ、行くぞ」
そう宣言され、悟浄が立ち上がるのに慌てて箸を置く。
一足先にレジに辿り着いた悟浄に店員が「お会計ご一緒で宜しいですか」 と訊ねているのが耳に入り、急いで「ああ」と割って入って財布を取り出す。



店を出た処で悟浄が「ありがと。ゴチソーさん」と笑って告げるのに漸く安心するが次の瞬間手を握られる。
「じゃあ、行こうか」
「?待・・・」
「ゴメン、週中だしガマンするつもりだったけどダメ。もう我慢出来ない」
人混みを気にせず手を引かれ駅に向かい引きずられるように歩きながら、何が、とは訊ねない。 しょうがねえガキだな、と思いながら握り締められた手に力を入れて逆に引き寄せる。
「バカ。歩くの早えんだよ」
肩越しに振り返られるのに
「そんなに早足だと並んで歩けねえだろ」
と告げてやる。
驚いたように一瞬きょとんとした悟浄が、遅れて、照れたように笑う。
強引で自分勝手な悟浄だが、実は全ての行動に絶対の自信がある訳ではないのだと垣間見る時が実は少しだけ嬉しい。
そんな事教えてなどやらないが。
続く

そんな訳で今年もラーメンでお祝いですよ。

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