日々の地図 2
ラッシュ時の、 サンドイッチのようにぎゅうぎゅうに周りの人間に押し潰される不快感の代わりに周囲の視線をも遮ってくれる人幕も少なくなりつつある時間ではあるがそれなりの乗車率のあるそんな時間帯。 目聡い幾人かは男同士で繋いだ手を見咎め視線を逸らし、或いは横目で自分達の姿を見るとはなしに捉え続ける。 そんな視線に顔を上げなかったのは羞恥からではなく、 繋いだ悟浄の掌がこんな厚着をする季節にも関わらずじっとりと汗をかいていたからだ。 長身の悟浄は電車の窓硝子に映るのはその姿と口元だけで、 視線を合わせず無言で車窓の外を流れて行く景色を眺めている悟浄の表情は伺い知れなかったが。



最寄り駅から徒歩20分近くかかる自分のマンションと違い歩いて5分とかからない場所にある悟浄のアパートに辿り着く迄を酷く遠く感じた。 春先には見事な花を咲かせていた駅前の桜の木は今は紅葉し悪戯な風にその葉を幾枚か宙に躍らせる。 その店前で焼き鳥を買った事のある飲み屋は今は本業が忙しいらしく赤提灯の灯る店内から賑やかな声が聞こえて来る。 煙草の自販機の前を通り過ぎ、無灯火の自転車に背後から追い越され、 たしたしと音を立てて太い足でアスファルトを踏み付けて歩く散歩中の犬とすれ違う。
砂漠で遭難した人間が蜃気楼のオアシスを見出したかの如く古びたアパートの姿が見えて来るのに悟浄が足早になるのに、 今度は俺は咎めはしなかった。
酔った人間のように幾度か鍵穴にキーを差し込み損なう悟浄の手元を眺めながらコンビニで酒でも買ってくれば良かったとふと思ったが、 今更コンビニまで戻るつもりもなかった。



ドアを開けて閉めて、確かめるように鍵を掛けて。
もどかしく口付け合い無言で互いの服を剥ぎ取りながら道々床に落として行く。暖房を点ける事さえせず冷えたベッドの上に転がり込む。 身体に引っかかる互いの残りの衣服を脱がせ合い不要なものとなった布きれを床下に蹴落としてしまえば素肌に触れる冷たい筈のシーツももう気にならなかった。 ドアを開けた途端に喫煙者の住居だと分かる、部屋に籠もる、壁に染み込む自分のものとは違う煙草の臭いも気にならない。 貪り合う口内は互いに先程喰ったラーメンの味がしている筈だがそんな事も気にならない。
物馴れた動きで膚の上に指を這わせる悟浄にとって、メシを喰ったばかりでキスする事なんて、他の多くの女とも幾度もしてきた事で、 だから悟浄には今更何も気にしない事などそれこそ何ともない事なのだろうがそれでも構わない。
お前だけだ。
俺がこんな事を赦すのは、お前だけだ。
時折悟空の存在に嫉妬する、ガキのような悟浄のその子供っぽい独占欲さえ黙って受け入れてやっても良いと思う。
お前だからだ。
お前が生まれてくれて良かったと、塞がった口では伝える事は出来ないが、代わりに想いを籠めて両腕を伸ばしその身体を掴み取る。
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タイトルは谷川俊太郎氏の詩集より。済みません!

novel−パラレル