midsummerday5
夕方からサッカーの試合を見に行くのだと言って応援しているチームのカラーである真っ赤っかなTシャツを着て訪れた悟空に飯を食わせてやれば 「夜の分の弁当作ってくれないかなあ」 などと図々しい事まで言い出したので一瞬今日の試合は今時弁当も売ってないような辺鄙なトコロでやるのかと思った。
「電車賃結構高いしさ」
そうブツブツと言うので社会人である自分には大した金額ではないサッカーチケットも電車賃も、 学生である悟空には結構な出費なのだと気が付いた。
「一人で行くのか」
「ウウン、部活の友達と」
「そうか」
少し多目に持たせてやって、 もし悟空の友達も弁当持参で来たとしてもコイツなら一人で喰いきるだろうと思い弁当箱代わりのタッパーにぎゅうぎゅうに飯を詰め込んだ。
「喰い残したら後で喰おうとか思わずに捨てろよ。今の時期食中毒が怖いからな」
「コレくらい喰いきるよ」
「飲み物は自分で買えよ」
「うん!ありがとなっ!」
莫迦みてえに大袈裟にぶんぶん手を振って出て行く悟空を見送ってからドアを閉めればそれまで意識していなかった疲れが一気に押し寄せて来た。 そう言えば今日は殆ど寝てなかったからな、と思いながら煙草を口にすれば吸い慣れた筈のそれがちっとも美味く感じなかった。 少しだけ眠ろう、そう思いベッドに横になってみれば少しだけのつもりだったのに次に目が覚めた時は既に3時間も経っていて、 普通だったら「良く眠ったな」と身体を起こす所だが何故か全身が怠くて起き上がる事が出来なかった。 その侭再度うつらうつらしながら気が付いたら結構な時間眠っていたようで喉の乾きを覚え起き出した時は夜中になっていた。 取り敢えず風呂に入ろうと思ったのだが電池が切れたかのように全身が重たくて本当にただ水を頭から被っただけ、 と言う程度にシャワーを浴びて結局この週末はロクに家の片付けも洗濯も出来なかった・・・と頭の隅で気にしながらベッドに潜り込んだ。
ピントの合っていないカメラのようにブレた映像が視界でゆらゆらと揺れ酷く落ち着かない。 淡いクリーム色の天井板が眩暈を起こす程にぐるぐると動き時折酸漿のような赤い色が視界を遮らんばかりに一杯に広がる。 脳裏に赤がちらつく度に眠りが浅くなって半ば目覚めかけては再度眠りに引き込まれ眠っているのか起きているのか分からないような時間の繰り返しの後目覚まし時計が鳴るのを待たず眼を開けた。
相変わらず沈み込んで行くような身体の重さは消えておらず、仕方なしに体温計を探し出してみれば熱があった。 幸い急ぎの仕事も入っていなかったのでベッドの中から会社に休みの連絡を入れた後、 手にした携帯に悟浄からのメールが何通も届いている事に気が付いた。 そう言えば昨日別れてから一度も連絡を取っていないとは思ったが思考が碌に纏まらず返信ボタンを押す事もせず携帯を乱暴に枕元に投げ出して横になった。





携帯の着信音に目を覚ましてみると電話の主は悟浄だったが訳の分からない事をブツブツ言っていたので少しムッとした。 日の高い時間だと言う事は分かったが寝ていた所を叩き起こされたのだこちらは。 「イヤだったのか」と問われると、まるで悟浄自身があの事をただの気の迷いとでも思っているのだと、 イヤだと思っているのは悟浄の方なのだと言われているような気がしてくる。
ベッドの上に起き上がりリモコンで冷房のスイッチを入れながら「てめえはどうだ」と問うと「ヨカったよ」と返事が返って来た。 そりゃ良かったな、と言おうと思ったら急に機嫌良さげに「さんきゅ」と言った後悟浄は慌ただしく電話を切った。
今頃になって漸く覚めて来た頭で悟浄の言った事を反芻する。
寝込む程イヤだったのかと問われた。
胡座をかいていた足下に視線を落とすと爪が伸びていたので寝室から出て爪切りを取って来て再びベッドに腰を降ろす。
背中を丸めて爪を切りながら考えた。熱が出たのは夏とは言え、 あんな暑っくるしい行為をしていたとは言え一晩中クーラーが稼働していたから夏風邪でも引いたのだろうと思ったのだがそう言う考え方もあったのか。 だが然し恐らく実際の所は身体が行為に驚いただけなのだと思う。知恵熱のようなものだ。 何しろ男同士の行為で突っ込む所と言ったら考えてみればまあ、 ソコしかないだろうとは思うのだが身体の中に他人を受け入れたのだ。しかも思いも掛けないような場所に。 悟浄が突き上げる度に内臓ごと引きずり出されるような苦痛を感じたが最後には痛みだけでなくなり悟浄の身体にきつく腕を回したのは間違いなく俺自身だった。 揺さぶられる度だらしなく口を開き意味の無い言葉の群を発していたのも、俺だ。
どうだったかと逆に悟浄から訊ねられる事は無かったが。
「イヤじゃ・・・なかった」
聞く者もいないのに一人ぽつりと呟く事で自分の気持ちを確かめた。 行為自体は暴力的で二度と御免だと思うようなものだったが、 あんな風に少しでも離れていたら死んでしまうとばかりに決死の表情で求められるのは信じられない程気持ちの良いものだった。 この侭繋がっているのが自然なのではないかと思える程の他己への依存。 皮膚一枚の隔たりが無くなった事で嘘のように晒け出され近付く距離。 他のヤツとだったら死んでも耐えられないようなそれを、悟浄にだったら赦しても良いと、そう思ったのだ。





悟浄からの電話の後は夢も見ずに眠った。
ぱかりと眼を開けてみれば何時の間にか夕方になっていて、一日寝ていたからだろう、熱も下がっていた。 そう言えば一日寝たきりで何も喰わなかったと起き出して飯の支度をし残り少なくなった買い置きのビールに明日は買い物に行かなくてはと考えていると玄関の呼び鈴が鳴った。
「・・・何だ」
「あれ。もう起きて大丈夫なの?」
ドアの向こうの赤い髪の男は一瞬驚いた顔をした後何が面白いんだかにこりと笑った。
「ああ」
ドアを開けてやりながら答える。
「コレ御見舞。食べてよ」
差し出されたビニル袋を受け取って開けてみると。
「・・・白熊?」
しかも100円のじゃなくて高いヤツだ。
「そ。暑いから良いでしょ?」
そう言う悟浄の顔は昼の情けない電話をして来たヤツと同一人物だとは思えない程自分の持って来た物を相手が喜ぶと信じて疑わない自信に満ちたものだった。 何なんだコイツは。一体この変わりようは何なんだ。全く訳が分からない。
「じゃ、無理すんなよ」
その上人が折角ドアを開けてやっているのに目の前でくるりと背中を向けて帰ろうとする。 コンビニ袋の中のアイスはちゃっかり二人分入っているのに何考えてんだ。
「待て」
ビニル袋を未だ手にした侭呼び止める。
「上がってけ」
そんな嬉しそうな顔する位なら最初から帰るなんて言うな。
「いいの?」
「いいからとっとと上がれ」
更に大きくドアを開いてやると喧しいばかりの蝉の声と共に外の熱気がじわりと室内に侵入して来て皮膚に薄く汗が浮かんだ。
長い夏になりそうだった。
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背景画像は白熊。

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