midsummerday4
夕暮れ。家に帰る人の波。家族の為に買い物をする主婦達。
人の群を割って辿る帰路での途中ぽかりと波が引いたかのように目の前に路が開いた。
橙色に染まる視界。
誰も俺の事を知らない。
誰も俺に関心を払わない。
雑踏の中この侭俺が消えてしまっても誰も気が付かない。
日中のうだるような暑さが幾分和らぎ家の中に隠れていた人々が一気に溢れ出している街中。
肌に昼の名残の蒸し暑い空気が触れるが凪いだように風のそよとも吹かない日にはその濡れた空気を払うものさえ無く。
雨が降ってもいないのに重く湿気を含んだ空気にまとわりつかれながら見た事もない程大きなオレンジ色の夕陽に誰も注意を払わず道の真ん中に突っ立った侭の俺に注意を促す人も無く。
ただ西へ、と。
惹かれるように脚を動かした。色素の薄い瞳に染みる程に痛い日の名残をひたすら追い掛けて。
子供がたった一人で荷物も持たず歩いていても誰の眼にも止まらない。
透明人間になったかのような気楽さは本来だったら疾っくに死んでいたかも知れない自分が知らないうちに本当に消えて誰にも見えなくなっているのではないかと言う不安をも内在している。
誰にも咎められない事を気楽さだと決めつけ軽い背中を押されるように此の世に居場所が無いような、
本当は自分はあの寺に帰ってはいけないのではないだろうかとじわじわと此の身を蝕む不安に気が付かない振りをする。
大きなビルに行く手を邪魔され半ば苛つきながら急いで迂回して横断歩道の長い信号の変わるのを待ち追い掛けて行った先には大きな河が行く手を遮るように流れていて河沿いに植えてある名も知らぬ鬱蒼とした木々に隠れるように時折姿を消す赤い色をもどかしく追い求め漸く西へと通じる橋を見付けた頃には橙色は群青色の空に名残のように霞むだけとなっていた。
それでも自分が日の暮れる速度と同じ速さで西へと進めば良いのではないだろうかと子供じみた考えで脚を動かし続けたが所詮子供の脚など地球の自転周期のそれに勝る筈も無く西どころか東も南も北の空も、
何時しか群青どころか濃い藍色に塗り潰されていた。
空を赤く染め尽くしていたオレンジ色の欠片も見えなくなってもそれでも何故か歩き止む事が出来ず日の沈んだ先、西へと向かい足を動かし続けた。
その頃には恐らく真っ直ぐ西に向かっては歩いていなかっただろうがT字路に突き当たり南と北のどちらかへ進むしかなくなった時、
立ち止まってどちらへ行こうかと少し考えた末にくるりと踵を返した。
往路を路一本も過たず丸きり同じルートを辿り帰路に着いた。
子供の足で精々1、2時間歩いた処で大して距離を稼げる筈も無く暗くなる迄外をほっつき歩いていた割にはすぐに見覚えのある通りへと出た。
そう言えば誰かに連絡を入れておけば良かったと、延々と角を曲がって寺へと通じる真っ直ぐな大通りに入った時思った。
普段こんな時間には閉ざされている筈の寺の大門が未だ開かれた侭で、
木造りの赤い門の内側から皓々とした灯りが道を照らし出していたからだ。
俺を迎えるかのようにぼんやり輝く灯りを見ても足音を立てて走り出したりはせずゆっくりと歩を進め今は緑の葉をしかその枝に繁らせてはいない大きな梅の木の植えてある家の前を通り過ぎる時に気の早い秋の虫の声を聞いた。
徐々に寺に近付いてみれば門の横の処に朱泱と悟空が立って俺を待っていた。
近寄ってみれば悟空がハナをぐずぐず垂らして眼を真っ赤に泣き腫らしていたので驚いた。
家出のつもりは無かったが見るつもりになればそうも見えるのかと他人事のように思いながら「ただいま」
と告げれば朱泱は笑って「お帰り」とだけ答えた。
泣きながら飛び付いて来る悟空の涙と鼻水でシャツが湿って肌に張り付いたが殴り付けはせず自分より随分低い所にあるその頭をただ撫でた。