かたわらに
出会い頭にいきなり殴り合いになるなんて、
どっかのイキがったチンピラ相手なら珍しい事でもないが一見女のようなツラの坊主相手ともなると初めての事だった。
俺より低い身長、一回りは細い体躯。
その上仲間とつるんでいるならともかく一人きりで、体格差に怯む事なく蹴りを入れて来たのは三蔵が先だった。殴り合いには躊躇しない三蔵が、別段どうって事のねえスキンシップが苦手だと気付いたのは何時だったろうか。
ベタベタベタベタ、ガキじゃあるまいし三蔵の回りにべったりくっついて離れようとしない悟空はそれでも三蔵と手を繋いだりはせず、 その手が握るのは三蔵の法衣の袖だけでたまに「さんぞーっ!」とひっついては「ひっつくんじゃねえ、バカ猿!」 とハリセンで容赦なく撃沈されるのを目にした時は気にもしなかった記憶がある。
「ヨオ」と何の気なしにその細い肩を叩いて、こっちが驚く位の勢いで振り返った三蔵にその手をひっぱたかれた時も 「お高く止まりやがって」くらいにしか思わなかった筈だ。
それなのに、何時の間にか、どう言うワケだか分からないながらも俺は三蔵の接触嫌悪を見抜いていた。
カードで程良く勝って俺の肩にしなだれかかっていたオンナの家に転がり込んで、 酔いも手伝ってその侭しなやかな四肢を抱き込んで眠りに落ちた。 目を覚まし買い物に付き合ってと乞われるのに一緒に街に出て、メシを喰った後ぶらぶらと店を冷やかして歩いた。
ピンヒールが良く映える細い足首。
どっちにしようかな、と訊ねるように独りごちるのに迷う事無くヒールの高い方の靴を選んでやる。 買い物袋を持ってやって西華が腕に絡み付いて来るに任せて尚も街中を歩いた。 フェロモンまき散らし放題の色っぽい西華は、笑うと意外な位に無邪気な表情をする。そのギャップが心地良かった。
アクセサリー屋の前で立ち止まって品定めを始める背中を眺めながら、何となく通りに頚を巡らせる。
「あれ、三蔵サマ?」
夜の酒場ならば珍しくもない染めたそれとは違う、昼日中の大通りで見るには珍しい、本物の金色の髪が視界を掠めるのに思わず呼び止めた。
「どしたの、こんな処で」
が、俺の声が聞こえなかったワケもないだろうに最高僧様はずんずんと遠ざかって行く。
「ちょっと、ムシすんなっつうの」
急ぎ足で追いついて経文の載った肩に手を掛けぐ、と力を入れる。
「・・・触んなっ!」
果たして物凄い勢いで振り向きざま、その手を叩かれる。
「・・・んだよ」
だったらさっさと止まれっつうの、文句の一つも言ってやろうと唇を尖らせ、不意に気付いた。
凄え血の匂い。
「・・・・・・」
見た処怪我はしていないようだし、一目で分かる程の血が法衣に付着していると言う事もないが、 まるで屠殺場で家畜をバラした現場に立ち会ってでも来たかのように、じんわりと三蔵からは血臭が滲んでいた。
匂いだけでなく、何処となく殺気走った三蔵のその瞳。
どうした、と訊ねかけて冗談に紛らわす事にする。 最高僧様が、その地位の通りに寺でふんぞり返って下の者をこき使ってるだけではなく、 坊主の分際で物騒なお仕事とやらに関わる事があるのは知っていた。そもそもそのお陰でこの陰険タレ目坊主と知り合うハメになったのだ。
ま、俺が立ち入る事じゃねえよな、と考え直す。
「アレ?あんた痩せた?ちゃんとメシ喰ってんのか?サルにメシ全部喰われちまったとか?」
ワザとふざけた口調で訊ねながら悪戯っぽく顔を近付ける。 途端、虫でも払うような仕草で三蔵の手がす、と俺の顔目掛けて上がるのに身体を引く。
「いきなりナニすんだよアンタ」
「うるせえ、ゴキブリ河童」
一度ならず二度までも人の事をひっぱたこうとした手の早い最高僧様にムッとして凄んで見せるが、次の瞬間アレ、と思う。
乱暴に言葉を返す三蔵が、 怯えたように色を無くし息を呑んでその場から逃げ出したい気持ちと自制心との間で必死に戦っているように見えた。
いい気味だ、と思った。
いつも人の事を高い処から見下ろすような(まあ物理的には俺の方が身長が高いので無理だが) 態度で居丈高に振る舞うコイツが、ほんのちょっと近寄られただけで震える肩を鉄の意思で押し留めようとして失敗し、 生まれたばかりの仔猫のようにカタカタと震える事があるなんて思いもしなかったから。
初めて見る三蔵の弱った姿に俺は少し気を良くし、ナニも取って喰おうってワケじゃねえのよ、 とほんの僅かばかり優しい心持ちになり余裕で笑みを浮かべる。
取り敢えずゴキブリと言われた分は言い返してやらなくては、と口を開きかけると俺が喋るより先に三蔵が言葉を次いだ。
「俺が何処でナニしてようがてめえには関係ねえだろ。この忙しいのに用もねえのに引き留めんな、死ね!」
蒼白な顔色の侭俺を睨み付けながら一息で言い捨てると、ばっと踵を返すが早いか三蔵は再び歩き始めた。あまりの事に一瞬呆然とする。
が、ちょっと呼び止めただけで死ねはねえだろうがクソ坊主!
「この生臭坊主が・・・!」
ずんずんと音が聞こえそうな程の勢いで歩いて行く三蔵を追っかけて文句の一つも言ってやろうとし、 手に提げた侭の買い物袋に気付く。
「チ・・・」
まさか放っぽり出して行くワケにもいかねえし、自分の手が提げている袋を見下ろして舌打ちを一つ。
「悟浄?」
背後から呼び掛け、自然に俺の肩に触れてくる指先の感触。
「どうしたの?」
金髪坊主の姿はもう見えない。人混みに視線を投げた侭の俺の傍らにスルリと収まる西華の華奢な肢体。
「いや・・・ちょっと知り合いを見掛けて・・・」
「ふうん」
空いている方の俺の手に西華が自ら指を重ねて来る。
先刻までは当たり前のように腕を絡めて歩いていた柔らかい女の身体に、何故か違和感を覚える。 先程の西華が俺にしたのと同じように、ホンの少し肩に触れられただけで過敏に反応した三蔵。
こんな風に触れて来る他人の体温に一々ビクビクしていないといけないヤツの事を、良い気味だと思った筈なのに。
「で、買い物は済んだのか」
頭の片隅では未だ三蔵の事を気に掛けながら適当に話を切り替える。
「もー、悟浄が途中でいなくなっちゃうから追い掛けて来たんじゃない」
「あー、悪イ」
苦笑いを浮かべると、西華もにっこりと笑い返し、どちらともなく歩き始める。
傍らの女が次の店を物色し始めるのに、俺は顔を上げて雑踏を眺める。
其処に三蔵の姿はなかった。