必需品




三蔵というヤツは何を考えているのか良く分からない。
ヤツと意思疎通する位ならしゃくとり虫とコミュニケーションする方が簡単な位だろうと時折思う。





凡そ人間同士のコミュニケーションと言う物の大方は幻想と思い込みの産物だと思う。 相手が何を考えているかなど幾ら言葉を尽くしたとて正確に伝え理解し理解し合うなど有り得はしないものだ。 例えば「海」と言う単語一つにしたって沖縄の碧色の海を思い浮かべるか東京湾のクラゲとゴミとダボハゼだらけの海を思い浮かべるか、人それぞれに違っている。 言葉では補えない部分を表情と雰囲気を読んで、 或いは読んだ気になって自分勝手に解釈しては自分の洞察力の深さに大いにご満悦に耽る輩もいるがそれこそ勘違いも良い処だ。
嗚呼、何たる自己満足。
悲しい時に笑ってみせるヤツだって照れ隠しに怒ってみせるヤツだって世の中幾らでも居る。 或いは別段不幸でもないのに世の不幸を一身に背負ったようなツラをしていないと気が済まないヤツもいる。 そうなると己の信じているものだけを真実だと思い込んでいるヤツらなど、 言葉を表情を頼りにしているヤツらの依り処としているものなど実際の処一つも真実を照らし出す事など無いのではないだろうか。
その上相手が無表情だったりしたら何をか況わんやだ。





「前から気になっていたんだが」
三蔵がそう改まって切り出したのは競馬場帰りのデニーズ(喫煙席)ではす向かいに座っている時。 年末の一寸した賭に勝ったので現在三蔵の奢りで飯を食っている訳だ食い放題だデニーズだけどな。 こんな事なら焼肉のさかい食い放題にしておけば良かった。
「お前の頬の傷は何の怪我の痕だ」
まだ日暮れの早い時期で建物の外は既に真っ暗闇の中に包み込まれていると言うのに店内は不自然な程の白々とした蛍光灯で照らし出されている。 その人工的な明かりの中では三蔵の真っ白い肌や色素の薄い明るい髪はいっそマネキンめいていて出来の悪いホラー映画じみて見える程だった (勿論そんな事本人に言いはしないが)。
そしてその良く出来たマネキンの如く表情の乏しい三蔵がそう言った時俺は遂に来たか、と思った。 親しくないヤツは尋ねて来ないしある程度親しくなったヤツは一定の期間の後おずおずと切り出す問い。 こんな長い事尋ねて来なかったヤツ記録は見事三蔵が更新だ。これが競馬なら次の記録を打ち立てるヤツが現れるまで延々と 「コースレコード:玄奘三蔵」と記録に刻まれる処だ。 そう言えばこないだ府中の芝2,000mでアサクサキニナルが打ち立てたコースレコードがあっさりシンボリクリスエスに更新されてしまったのは残念だった。 あのレコードが破られなければ今でもレープロに、新聞に、「コースレコード アサクサキニナル」と掲載されていた筈なのに。
「言いたくなければ言わなくて良い」
うっかり考え込んでいたので三蔵が問いを撤回する。実は真剣に逡巡していた訳では無くアサクサキニナルの事を考えていただけだったのだがそれは言わずにおくことにして三蔵の問いに答える。
「ああ、コレね。ガキの頃兄貴とチャンバラごっこしてた時兄貴に吹っ飛ばされて」
ここで一度切って相手が息を飲むのを待つのが俺的定番だ。 例えば窓硝子に頭から突っ込んで破片で抉ったとか、言いもしないのに人は勝手にとんでもなく痛そうなシチュエーションを想像してくれる。 つーか後でその想像を聞かされるこっちの方があまりに逞しい想像力に竦み上がる事屡々。
「転んだ先に猫がいて引っ掻かれた」
「嘘つけ」
「いや、これがマジなんだって。尻尾踏んじゃってさ。足下でごりって音したもん。相当痛かったんだと思うよ」
「そうか」
即答した三蔵に状況を説明してやるとそれだけ言うと三蔵は興味を無くしたように黙り込んだ。前から気になってたんでしょ? もっと言う事は無いのか?
「そんな気になってたんならもっと早くに訊けば良かったのに」
「訊いたら悪いかと思った」
「イヤ悪いって程のもんじゃねえけど。何で急に訊く気になったよ?」
「別に」
そう答え横を向いた三蔵の視線の先には家族連れが座っていた。幼稚園位だろうか、子供の座る椅子の背に掛かる・・・キ○ィちゃんポシェット。
・・・猫のヒゲ・・・?
いや然しまさかアレで頬の傷が気になったなんて事は・・・!
アレで気になる位だったらターフィーショップで売ってるお馬de○ティヌイグルミ見た時に何か言ってたって良い筈だ。 それともターフィーショップに行く度に俺のこの傷が気になって仕方なかったと、そう言う事なのだろうか?



「大障害はビッグテーストで決まりだろうな」
何の脈絡もなく突然そう呟く三蔵。
分からない、三蔵と言う奴が未だに分からない。

「そう言えばマイネルユニバースどうしてるんだろうな?」
何事も無かったかのように話を合わせながらメニューを開く。今必要なのはきっと「痛かったでしょ」 なんて女の子達の優しい台詞では無くてファミレスの安物のテーブルワインだろうと思いながら。






100題「真昼の月」の続き。
と言うか更にその合間と続きをBBSで書いてたものの続き。

タイトルは田村隆一氏の詩より。こここ、こんなギャグに使ってしまって申し訳ありません・・・!
そして悟浄さんの思考も仲々意味不明。中山大障害、ビッグテーストは4着でした。三蔵様結構馬券外してるような・・・。



novel−競馬パラレル