night before the dawn
三蔵を夜の酒場に連れて行った時のオネエちゃん達の反応と言うのは面白い。
どんな客にでも満開の笑顔で歓迎の意を表する事の出来る、 腹の据わった筈の女達が営業用の笑顔の侭固まるのは驚愕によるものかそれとも羨望か。
そりゃあそうだ、「いらっしゃい」 と愛想良く声を掛け品定めしようと客の顔を覗き込んだ時宝石のような深い紫色の瞳を見る事になるなんて普通は予想していないだろう。 度胸の良い幾人かは「ね、それカラコン?」なんて訊ねて来る事もあるけど「カラコン?」 と鸚鵡返しに訝しげに聞き返すのに、今度は驚きを隠しもせず息を呑む。
金色に髪を染めたコは「何処でブリーチしてるの?全然痛んでないわね」 と親しげに声を掛けて来るけれど最高僧サマがむっとしたように唇を引き結ぶから慌てて言葉を重ねる。 「ホラ、染めると髪が痛むじゃない・・・あら。眉も金なのね、凝ってる」 そう言いながらしげしげと眺める三蔵の長い睫までもが金色な事に遅れて気が付くと気まずげに席を離れる。 俺も大抵目立つ外見だと自覚していたがコイツも相当なもんだ。


「アンタ坊主やめてもヒモで喰っていけるな。俺が保証する」
「くだらん」
「じゃあ誰の保証ならイイ?」
「死ね」
「あーもー、アンタほんと短気」
そんな他愛もない会話をしながら酒を酌み交わす。頼むのは大抵ビールかウイスキー。 いつもだったら綺麗どころをはべらせて無意味な会話を楽しむんだが堅物の三蔵が一緒なのでオネエちゃん達は呼ばない。 さほど会話が弾む訳でもないが沈黙も苦痛にならない。程良く酔いが回って来た頃三蔵が唐突に蕩々と喋り出すのも面白い。
忙しい筈の最高僧様が何故こんな夜の酒場に連日出向いているのか多少不思議に思いはしたが、 深く気にする事もなく俺は馴染みの店に三蔵を連れて歩いていた。







「なあ、アンタちょっと」
嘗ての同居人、鷭里を思い出すようなでこっぱち野郎が話し掛けて来たのはそんなある日の事だった。 眉が薄いのもてろてろのシャツのボタンをだらしなく全開にしている辺りも鷭里を思い出す。 明らかに初対面なのに臆する事なく連れのいる相手に平然と話し掛ける図々しさまでもが似ている。 違うのは妖力制御装置をピアスよろしく片耳に嵌めている事だけだ。
三蔵は鷭里の事知らねえんだっけか、じゃあ説明しても面白かねえなあ、 そんな事を考えて煙草を銜えて椅子の背に体重を預けふんぞり返っていると、 いつもだったら他人に馴れ馴れしく話し掛けられたら不機嫌なツラで直ぐ様追っ払う筈の三蔵がそいつと顔を寄せて小声で会話を始めた。
「何だよ、内緒話ィ?」
口元を歪めて笑いながら俺だってココに居るんだけどな、と声を掛けると三蔵は俺を一瞥した後無言で立ち上がった。
「あ、おい・・・」
「すぐ戻る」
言い捨てる三蔵に鷭里二号は、何を言うでもなかったが得意気に顎を上げて笑った。
その仕草が非常にムカついたので表のドアが閉まってから俺も席を立った。ついて来るなとは言われてねえし。



そうっとドアを開くと店の前に三蔵の姿は無かった。 殆ど時間は経ってないからそんなに遠く迄行ってるわきゃねえしな、と酒場の横の細い通りを覗き込む。
ああ、なんか大勢ごちゃごちゃいやがる。
妖力制御装置を装着していないヤツ、一見人間の姿をしているヤツ、 様々だったが後ろ頭をこちらに見せている三蔵を取り囲んでいるのは全て、妖怪だった。
三蔵様ったらモテモテ、それともカツアゲの餌食?
何かあったらすぐ飛び出せるよう身構えながら気配を殺して様子を探る。
三蔵と話をしていた鷭里二号が口元を歪めるのと合わせるように、少し離れて様子を窺っていた痩身の男がその手に刃物を宿す。 やばげな事に手を出している処まで鷭里と一緒だ。
痩身の男に倣うように、三蔵を包囲する形で居並ぶ妖怪達もそれぞれにエモノを取り出す。
何と言うか、俺が予想していたのより事態はヤバイようだった。
カツアゲとかそんな可愛いレベルの話じゃなく張り詰める殺気に、 三蔵はあんな性格だからどっかで盛大に恨みを買ってると言う事はあり得るにしても、それにしても大袈裟じゃねえの、 と訝しみながら俺は未だ物陰から動かない。
歪な円の中心に立っている三蔵はまだ動く気配が無い。
殺気を漲らせる事も無く面白くもなさそうに妖怪達に一瞥を呉れる。
三蔵が突端を開く気が無いのなら俺が速攻で何人か倒してヤツらの気をこちらに逸らすしかないか、そう思った時だった。
ぞくり、と。
妙な重圧がその場を支配した。
「・・・・・・っ!?」
一体何処から!?
全身鳥肌立ちながら既に頚を回す事も出来ず硬直した侭せめてもと必死に目を見開く。
眩い光が見えた。
次いで、肉体の重みだとかその身体を地上に縛り付けておく重力だとかも感じなくなる。

何だ、この感覚は?

その心地良さに身を委ねようとし、光の渦の中に先程目にした妖怪達の身体が透けるように存在感が無くなっているのを目にした瞬間、 我に返り反射的に地面に着いている筈の脚に力を込める。
が、出来なかった。
脚と言うか下半身の感覚が消えて自分が地面に立っているのか、それとも何かの攻撃を受けて両脚が消え失せてしまったのかすら分からなかった。
「・・・冗談じゃねえよ」
畜生、と皆まで吐き出す気力も失せそれでも必死に顔を上げる。
「・・・・・・!」
目を開けている事も出来ない眩い光の渦の中、光の中心に三蔵が立っていた。
喧噪と切り離され、そこだけは永遠にも似た静けさの中、俺の感じている重圧などヤツにだけは掛かっていないかのように。
美しく背筋を伸ばし、世俗の人間にはあり得ない神仏の如き無慈悲な無表情で、三蔵が其処に居た。
「クソ・・・ッ!」
咄嗟に目を閉じて両腕で自分を庇うようにしながら砕けそうなカラダで腹筋に力を込める。 もつれる脚で必死に後退した、つもりだったが力の入らない脚は俺の命令を無視してその場に惨めにも尻餅を付かせる。
痛ぇ、と思った筈だった。
畜生、と言おうとした筈だった。
痛みすら感じる事のない自分の身体をヤバイと思う。だがもうどうにも全身が怠くて口を開くのも億劫だった。 何がどうなっているのかさっぱり分からなかった。

続く

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