フォトグラフ
久し振り。俺の事、覚えてる?
え?アンタなんか知らないって?
んー、俺個人の名前は知らなくても俺の作品は見た事があると思うんだけど。
え、分かった?
そうそう、俺はね、ある人達の写真を撮っているんだ。
名前?そんなのはどうでも良いって。俺の事は写真家Aとでも呼んでくれて構わない。
これから話すのは名もない写真家Aの送る日常のある日の一コマ。





出来上がって来た写真を見てAは溜息を吐いた。
決められたポーズを取り決められたフレームに収まる二人の青年。 金髪に赤い髪。 聞いただけで眼がちかちかするような組み合わせのその二人の写真は想像に違わずただ並んで立っているだけなのにどうしようもなく派手派手しく、 それでいてどうしても眼が離せないような見る者を引き付ける力を持っていた。
但しそれを引き出したのはAの力ではなく、被写体である本人達だ。
特にあざとい仕組みをしなくとも力を持った一枚になると、 そう確信して逆に素っ気ないごく当たり前のツーショットに仕立て上げたのはカメラマンであるAだった。
「ああ、もう・・・」
何だってこんなモノを撮ってしまったのだろう。
いがみ合いながらも時として背中を預け合う、馴れ合わない関係の「生きた」あの二人が其処には写っていなかった。
手刀を叩き入れる時の指先までぴんと伸び切った張り詰めた筋肉。
躍動する若々しい俊敏な肉体。
人間のそれとは思えない程獰猛な瞳。
ソレを見た事が無ければ満足しても良い出来ではある。 だが日常の彼らを知っているAからすればとてもではないが物足りなかった。こんな彼らでは。
どうしてぶつかり合う彼らの個性を畏れてこんな平凡な一枚を撮ってしまったのだろう。 そうだ、俺は畏れたのだ、彼らの不協和音でさえも美しいと思う事が出来ず、「纏まりの無い」一枚になる事を。
守りに入るにはまだ早えだろう、己にハッパをかけてAは写真を鷲掴みながら立ち上がった。



写真の撮り直しを、との申し入れは簡単には通らなかった。
金髪の彼は気難しくその上接触嫌悪症だった。その彼と赤毛の青年との撮影の時に、ちょっとしたアクシデントがあったのだ。 金髪の彼は他人と触れ合った写真を絶対に撮らない。絶対だ。 その彼を撮影開始と共に赤毛の彼は腕を伸ばして抱き寄せた。当然怒りまくった金髪は赤毛を即蹴り倒した。
取り敢えずその場は撮り直して事なきを得た、それが先程の写真だ。
4人一緒ではなく、別の人間との組み合わせではなく、他の誰でもないあの赤毛の彼との二人きりでの写真を、 と切り出してみたが言下に却下された。
勿論一筋縄でいく相手ではない事はAにも分かっていた。
それでも。
どうしてもあの二人での組み合わせの写真をもう一度撮りたいとAは思った。
だが、一日張り付いていてもあの二人の組み合わせをフレームに収めるチャンスは殆ど、全くと言って良い程無かった。 何しろ被写体である4人組み(そう、4人なのだ)の他の二人ときたら片や「僕、写真写り悪いんですよねえ」 と、まるで自分の満足する写り方をしている写真が無い事をAの腕が悪いと言わんばかりのじっとりと恨めしい眼を向けて来る、 あまつさえ「三蔵は写真写り良いですねえ。何時如何なる時でも綺麗に写るのは三蔵くらい撮られ慣れてないとダメなんでしょうか」 とチクチクと嫌味を言って来る小姑。 片や空腹になると半眼になって肩も落として猫背になってとてもではないが被写体向きではなくなる大食らい小猿。 そんな二人がそれぞれ赤毛の彼と金髪の彼の傍らに片時も離れずにいるのだ。
喫煙者である二人が仲間の元を離れ並んで立っている時に望遠で狙ってみる事もある。 二人揃って灰皿の側に歩いて来る訳ではなく一人が銜え煙草の侭ふいっと離れると煙草一本分が終わる頃もう一人も煙草を手に現れる。 決して馴れ合わない、然し完全に互いの存在を無視している訳ではない彼ららしい距離の取り方だ。 そんな時灰皿を真ん中に挟み距離を置く二人に焦点を合わせシャッターを押そうとすると小姑がレンズの前に突如ぬっと顔を現したりする。
「ふふふ」
「うっわあああああ!!」
「誰を撮ろうとしてるんですか?たまには僕もピンで撮って下さいよ」
「あ、ええと、そのうちに」
人の悪い笑みで小姑がレンズと被写体の間に割って入るのに生返事をする、A。負けるなA。
「大体貴方、三蔵ばっかりピンで撮り過ぎじゃないですか?」
「・・・・・・」
そんな事はない。4人一緒のカットの方が多い位だ、とAは思う。が、言えない。
「本当ですね?」
「・・・・・・ハイ」
念を押す小姑に返事を返すA。ハイじゃねえだろしっかりしろ、A。
「あ、所で三蔵は盗み撮りされるの嫌いだって知ってました?」
くるうりと振り返りながら小姑はクギを差すのも忘れない。 小姑が歩き去った後には被写体の二人の姿も既に喫煙所からは消えていた。





だがある日チャンスはやって来た。
4人組と別の宿を取って写真の整理を終え、夕飯をかっこんでいた時の事だ。 小姑も大食らい小猿もおらず、あの二人だけで行動しているらしいとAの耳に入ったのは。
珍しい事もあるもんだともじゃああの小姑と小猿はどうしてるんだとも考える事無く食いかけの飯もその侭にAは機材一式を持って走り出した。
道すがら思いがけないシャッターチャンスがあった時に備え愛用のカメラを頚に掛けてあの二人の踏み行ったと言う山を追って走りながら銃声の聞こえて来た方向に向かってAは急ぐ。 この桃源郷に於いて銃は貴重品であり、滅多に銃を持っている人間などいない。 その事を差し引いても聞き覚えのあるあの銃声が金髪の彼の持つ小銃のものである事は聞き間違いが無かった。 小さいくせに火薬の量の多い弾丸の衝撃に耐え得る腹に響くあの重い音。
然し勾配の緩やかな山道と雖もフィルムや替えのレンズの入った機材ボックスが重い上にロクに夜目も利かない人間の身だ、 銃声に追いつく前に道標代わりにしていたその音は途絶えてしまった。
少し前まで銃声の聞こえてきていた辺りを見当を付けて必死に耳を澄ませて風の音や虫の声とは違う、 人間の立てる物音や声が聞こえて来ないものかと探して歩いた。
そして丈の高い草の合間から垣間見えるその姿を漸く発見した。

地面に寝転がる赤毛。
傍らに腰を降ろし赤毛の彼の口元にライターを寄せる金髪。

オイオイオイオイ発見するなりいきなりシャッターチャンスかよ。
Aは慌てた。アルミ製のボックスの中に望遠レンズが入っているがレンズを替えている時間は無かった。 露出もシャッタースピードも調節している時間も無かった。
月光だけを頼りに写したのではこの距離ではどれだけズームにしても彼らの姿をフィルムに映し出す事は出来ないだろう。 然しフラッシュを炊いたらば直ぐ様彼らはカメラの存在に気付き近付けたその身を離してしまうだろう。 そもそもあの二人がこの自分に気が付いていない事自体がおかしい。距離があると言っても奇跡的な事だった。 恐らく戦闘を終えて一息ついている、そんな所だろう。 だったらこの侭隠れて月明かりだけでも被写体を映し出せるレンズに交換して物陰から彼らを撮り続けては、 一秒にも満たない時間の間にAは逡巡する。 だがフラッシュ無しでこのシーンを収め損ねるよりは、 頚から下げたカメラを構え意識もしない侭左手でレンズを支えAは心を決めた。 続くカットが撮れないのであれば一度でキメれば良いだけの事だ。
迷いを瞬時に脳裏から追い払い自分の視界をレンズに重ねる。カメラに同化する瞬間。
失敗は許されない。
ただ一度きりのチャンスを。

88888を踏んだせいじ様より100題「ポラロイドカメラ」絡みのお話を、とのリクエスト。 「三蔵一行には専属カメラマンがついている」(RELOAD一巻オマケ本)ネタより。
この後カミサマ編に突入して霧の階段で置いてかれてジープで降りて来る一行に拾われて、 回復した一行が再度カミサマの城に乗り込むぞ!って時マスターの所で「待ってろ」と言われ素直に待ってて数日後 「しまったあああ!」と追い掛けて行くゆかいなサザエさん(Aじゃないのか)。 ・・・なんですがそこまで書くと長いので。

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