真鍮卵
悟浄の温かい少しごつい指が俺の存在を確かめるようにかたちをなぞるようにそっと膚に触れる。
それは他の誰にでもしているのかもしれない、ただの癖なのかもしれない。
このバカ丁寧なまでの優しさを他の誰にでも向けているのだと思うと時折胸が冷える気がするが
重要なのは自分がその悟浄の手に触れられる事をけして嫌ってはいない事だ。
こんな行為に溺れる訳にはいかないと頑なに快楽に流される事を拒み恐れて来た。こんな事ただの気休め。
気紛れ。
ほんの息抜き。
悟浄が辛抱強く俺に向ける気持ちに引かれて服を脱ぎ捨てた。
二人して裸でベッドに転がり込んだ。
だが俺はいつも何処かで悟浄の気持ちを疑っていた。 不自由な旅だからこそ手軽に抱ける相手として俺にちょっかいをかけてみただけなのではないかと。 だってそうだろう。 女のような柔らかさも甘さも持ち合わせていない躯だ、元々そういう嗜好があった訳でもない悟浄が好きこのんで手を伸ばすなど正気ならばあり得ない事だったろう。
それでも構わないと思った。俺にだって息抜きと言うか気分転換になるようなものが必要だった。
そう、これはただの火遊び。
ただの気の迷い。
自分には重大な任務があるのだ。
否、三仏神より架せられた桃源郷を襲う異変の原因を突き止め阻止するなどと言う事は本当はどうでも良かった。 気に掛かっていたのはその異変に何らかの形で亡き師匠の形見である、 本来であれば現在それを手にしているのは自分でなくてはならない筈の聖天経文が関わっているかも知れないと、その事だけだった。 勿論それはただのガセネタであるかも知れない、 然しこの10年もの間碌な手掛かりも無い侭追い続けていた経文の手掛かりであればどんな信憑性の薄いモノにでも飛び付いた、 それは確かだった。
そして経文をこの手に取り戻した今、突如自分が今迄どれ程肩肘を張っていたのかに気が付くなんて、 自分で思っていた以上に俺は小心者であるらしかった。
愛情は無くとも肉欲に火は点けられる。 愛情なんてバカげたものが無くとも行為は成立する。 それは知っている。
一人で旅をしていたガキの頃に見ず知らずのヤツにいきなり路地裏に引きずり込まれた事もいかがわしい場所に売り飛ばされそうになった事も幾らでもあった。
違う、そんな筈無い。悟浄はあいつらとは違う。下卑た視線で俺を値踏みしたヤツらとは。
先へ進む事を躊躇っていた俺に自分の気持ちを優先させ力づくで抱く事はせず俺の気持ちが傾くのをゆっくり待っていた。
そう思う甘っちょろい自分を酷く醒めた目をして瞬時に否定する客観的なもう一人の自分がいる。 それすらもヤツの手練手管のうちではないかと。 じゃあこの優しく触れて来る指はなんだと、膚を撫で上げる大きな手のひらの温かさは何だと思うが自分にだけ優しくされていると思っているのはそれこそ世間知らずの自分だけだと、 悟浄にとってはヤツを掠めた幾人もの女にするのと同じ事をしているだけだと、 こんな事は遊びの中の手順の一つでしかないと、自分に都合の良い考えに溺れていかないよう突き放す程の冷たさで心の裡で、声がする。
何だそう言う事かと思った。
何時かは終わる仮初めの関係だから本気になるなと、溺れるなと幻聴のような声が聞こえた時に分かった。 本当は分かっていたのだ。俺は怖いのだ。悟浄と別れた後に痛みを感じる事が怖いのだ。 悟浄にとってはほんの遊びのような関係で一人無様に傷付く自分のみっともない姿に耐えられないのだ。
悟浄の事が好きなのだ。
遊びではなく、気休めではなく。
縋り付きたい程に好きなのだこの男を。
込み上げてくる言葉を、吐き出してしまいたい熱を隠す為に必死に筋肉の張り詰めた逞しい悟浄の肩にしがみつき唇を押し当てる。 悟浄、悟浄と唇を噛み締めて声には出さず幾度も幾度も呼ぶ。
色事にうつつを抜かして右往左往している浮ついた自分が厭だった。こんな風に他人に溺れている自分が赦せなかった。
渾身の力を込めて必死にしがみつく自分に悟浄が肩を揺らしてくつくつと笑うのに苦しさを隠すためその肩に歯を立てる。
口を開いたら言葉が零れてしまいそうだった。