SpringCoat
10年以上昔 ○月×日
朱泱と言う男はとても背が高かった。
周りの坊主共と並んでいてもゆうに頭一つ分は高い処にある無造作に結わえた黒髪のある頭。
並んで話すとその声が雲の上から降って来るかのように感じたとは江流(5歳)談。

「お、江流も光明様の手伝いか。ちっちぇえのにエライな」
「ちっちゃくないもん。江流5歳になったんだから」
「ふーん、もうそんなになるか・・・。なあ、江流も大人になったらもっと背が高あくなると良いなとか思うだろ?」
「べつに」
「背が高くなる方法教えてやるぞ」
「べつにききたくない」
「米粒をな、こう、縦にして喰うんだ」
「・・・バカみてえ」



10年以上昔 ○月×日
「あーっと信じないかも知れんがホントの事なんだぞ?」
興味なさそうに背を向けた江流(5歳)に取り付くように慌てて言い募ったのは朱泱の方だった。
「んな訳あるか」
子供独特の甲高い然し不思議に落ち着いた声で江流は子供だましには付き合いきれないとばかりに冷たく言い捨てる。
「・・・ったく可愛げあんのは身長だけかよ」
「江流は子供だからちっちゃいだけだ」
「そーだよ、だから大人になった時には大っきくなってたいだろ?」
それでも笑みを零しながら朱泱は言葉を続けた。
「べつに」
尚も興味を示さない江流の傍らにしゃがみ込み、朱泱は口の横に手を当てて内緒話の体勢を作る。
「いっか、これは特別に教えてやるんだからな。背を伸ばす方法、それはな、毎日10分逆立ちをする事だ」
「バカじゃねえのか」



数年前 ○月×日
最初は遠慮がちに「三蔵さん」などと呼んでいた八戒が何時しか自分の事を「三蔵」と呼ぶようになった、 それ迄に八戒の中でどんな心境の変化があったのかについて三蔵は大して興味を抱いていない。
ただ、
「ああ、調度良い処に来てくれました。悟浄を起こして来てくれませんか」
と、郊外にあるあの家を訪ねた早々そんないけ図々しい事を言われるようになった、 それが「遠慮がなくなった」と言う事なのだろうと軽い脱力と共に三蔵は認識した。


「・・・おい」
渋々と扉を開け、部屋に染み込んだ紫煙の匂いと空気に混じるアルコールの匂いに三蔵は顔を顰める。 同じ喫煙者であるとは言っても三蔵の吸う本数はさほど多くはない。
こまめに窓を開けて空気を入れ換えてもいるし、 小坊主が気を利かせて留守の折には香を焚きしめてくれている三蔵の私室には扉を開けた途端匂う程の煙の匂いは染み附いていない。
「・・・ったく、こんなこ汚ねえ部屋で良く眠れるもんだ」
呆れたように三蔵が一人ごちるのも無理はない。
私物の類を殆ど持たない、従って部屋を散らかしようもない三蔵の私室と違い、悟浄の部屋には脱ぎ散らかした服だの広げっ放しの雑誌だのが散乱している。
のみならず酒の空き瓶までもが床に転がっている。
八戒に言われたんでなきゃ誰がこんな処、足の一歩も踏み入れたいものかと、 もしかして八戒もこの汚ねえ部屋に入りたくなくて人に悟浄を起こしてこいなどと命じたのだろうかと浅く溜息を吐きながら開いた扉から三蔵が一歩足を踏み出した。
途端。
床に転がっていた酒の空き瓶をうっかり踏み付けてしまう。
「・・・・・・っ!」






不安定に泳ぐ身体を反射的に三蔵は前方に投げ出す。
そこにはこの部屋の主と言うか、この家の主でもあるのだがまだ起き出して来ておらずぐちゃぐちゃに丸まったシーツの中で、 と言うかその人物が起き出して来ていないからこそ丸まっているシーツの膨らみがあった。
「く・・・っ!」
三蔵は咄嗟に腕を伸ばし、その丸まりの中へ顔から突っ込んで行きそうになる自分の身体を支える。


「ぎゃあああああっ!!」
「ああ、ちゃんと起こしてくれたんですねえ、三蔵」
横っ腹に遠慮のないエルボーを喰らった悟浄の寝起きの叫び声を聞き、八戒は笑顔を浮かべながら皿を布巾で拭うのだった。




三蔵過去話つながりの再録。
↑の話は「fixed」の裏話のようなそうでないような。
なので春の頃のお話、なのかも知れません。
これが「fixed」の裏話だった場合、悟浄さんの目覚めは実は一度三蔵に気絶させられた後の目覚めと言う事になります。

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