tell a tell
がたん、と大きな音と共に扉が鳴った。扉に鍵も掛けていないボロ家。こんな町外れの一軒家。ま、物好きな物盗りが目を付けたとしても金目のモンなんてありはしないし、 万が一俺か八戒と鉢合わせしても余程の事がない限り撃退出来ると気軽に考えていた。
在家を問う声は聞こえなかったのにずるずると重たげな足音が床を鳴らす。
八戒だったら「ただいま」とか何とか言う筈だし、気配を殺したい筈の物盗りにしちゃあその存在を主張し過ぎている。 まあ取り敢えず、向こうも気配を隠すつもりがなさそうなのでこちらもわざと足音を消す事なく廊下を抜けて、玄関から続く居間に出る。
「お・・・」
短い、意味のない台詞しか出て来なかったのは、人ン家に入り込んで来た相手に喉元に刃物を突き付けられたとか、 そーゆーワケではなかった。見知らぬ色っぽいオネエさんがいらっしゃってた訳でもなかった。 その逆で、人の家に勝手に上がり込んで来たのはあまり歓迎したくはないが、野郎だった。 と言っても見知らぬ他人などではなくちゃんとその名前も言える位には近しい間柄の相手。
言葉が途切れたのは、ソイツが人のヘソクリを探して半狂乱でそこら中引っ掻き回していたとか、 炊飯器に顔を突っ込んでガツガツ飯をかっこんでいたからとかそーゆー理由でもなくて。
「・・・どしたの」
「・・・・・・」
けぶるような美しい金色の髪も埃まみれな、 そいつが脚を引きずって来た処にべたべたとアーティスティックな赤い色の残る程に傷だらけな最高僧様が、 部屋の真ん中に突っ立った侭肩で息をしていた。
「熊と格闘でもして来たの」
「・・・・・・八戒はどうした」
招かれてもいない人の家に来ての第一声ったら普通「こんにちは」とかじゃねえの、ったく可愛くねえヤツ。
「お生憎様、八戒だったら出掛けてるよ。アンタこそ悟空はどうしたよ」
「寺に置いてきた。クソッ、何が小規模だ・・・」
その短い台詞で俺は何となく事情を察する。三蔵は、お偉い神様だか仏様だかから最高僧様に似つかわしくない泥臭い、 いや、血腥い物騒な任務を請け負ったのだろう。たった一人で。
「買い物に出てるだけだからすぐ戻る筈だけど、その前に応急処置だけでもしとけよ。 救急箱持って来てやるから待ってろ。汚れるから椅子に座んなよ」
余計な事をするなと言われるかと思ったが、そもそも恐らくはこの家に来たのは八戒の治癒をあてこんでの事だったのだろう。 一体どれだけの怪我を負っているものか、三蔵は無言で微かに頷いた。 大股で廊下を歩き、急いで部屋を引っかき回して救急箱を手にしてから三蔵の前に戻る時だけはわざとゆっくり歩いて登場する。
「お待たせ〜。汚れた侭だとばい菌入るから先に洗って来いよ」
「ああ・・・」
俺の声に我に返ったように三蔵が薄汚れた自分の格好を見回す。
「タオルは洗濯機の中に突っ込んでおけば良いから」
そう言って、三蔵が洗面所でばしゃばしゃ水音を立てている間に清潔なタオルを数枚取って来る。 暫しの後、汚れた法衣を脱いだ三蔵が部屋に戻って来る。 腕の傷は大した事なさそうだが太股の破れたジーンズからはまだ止まる事のない血が滲んでいる。
ぱかんと音を立てて木製の救急箱の蓋を開けると三蔵が「寄越せ」と言って来る。
「何言ってんだ。これ位やってやるよ。あんた不器用そうだし」
「自分で出来る」
ムッとしたように三蔵が手を伸ばして来るのに、わざと三蔵の手の届かない位置まで救急箱を高く捧げ持つ。
「この・・・っ」
ムキになって伸び上がろうとした三蔵だが、次の瞬間顔を歪めて体勢を崩す。
「おっと・・・」
何処で怪我をしたのかは知らないが、俺の家に来るまでその脚から血を流し続けていたのだ。 しかも未だに出血は止まる事がない。余程深い傷なのか、或いは動脈が傷付いているのかも知れない。 そしてそんな怪我で無茶をする三蔵に、 咄嗟に頭上に持った侭の救急箱の存在を忘れて躯を支えてやろうと片腕を伸ばすが指先がその躯に触れるが早いか突き飛ばされる。
「うわっ!?」
バランスを崩した所為でばらばらと脱脂綿やら包帯やらが頭上から降って来て、仕上げとばかりに何かの瓶がぼこりと頭に当たる。
「あちゃ〜」
「・・・このクソ河童が・・・」
俺を突き飛ばした勢いの侭床にべちゃりと倒れ込んだ三蔵が、片膝を立てて薬や包帯を拾い集めながら文句を言う。
「何よ、俺の所為だって言うのか?」
「てめえの所為じゃなきゃ誰の所為だって言うんだ!」
失血の所為で青白い顔を上げて三蔵は怒鳴る。怒鳴り返してやろうと思ったが、 床に着いた三蔵の脚がぐらぐらと揺れているのに気付いてしまい小さく舌打ちをする。
「あー、ハイハイ。俺が悪うございました」
そう言って床に屈み込んで、三蔵の手から包帯を奪い取る。
「貴様・・・!」
「そんな躯でナニ無茶してやがんだ」
包帯を取り返そうと伸ばした三蔵の腕を逆に掴み取って、低い声で告げる。
「・・・・・・チッ」
暫し俺を睨み返した後、実に不服そうに三蔵は一つ舌打ちすると俺の手を払い退けて床に腰を下ろす。そして。
「・・・っ、アンタ何やってんの・・・!」
三蔵が徐にジーンズに手を掛ける。
「服の上から消毒液を振りかける気か、貴様」
「・・・・・・あ」
言われ、場所が場所だからジーンズを捲り上げて手当するのは無理なのだと気付いた。 そーか、だから先刻三蔵は俺が手当してやると言った時ムキになって救急箱を奪い取ろうとしたのか。 美女の下着姿だったら謹んで拝見させて頂く処だが、幾ら美人と言ったって、幾らオンナ並に細っこいと言ったって、 三蔵は男だ。残念ながら。男の下着姿なんか見たくはない。
「・・・・・・」
「・・・・・・。」
さて、どうしよう。