unconscious
「悟浄さん、どうしました?」
「あ?」
同じ部署の女の子に呼び掛けられ顔をそちらに向ける。
「ここ、ハンコ押して下さい、ってば」
彼女の腕の伸びている先、俺の机の上には一枚の紙が載っていた。
「ワリ、ちょっとぼーっとしてた、っと、ドコ?」
「ここです」
がたがたと抽斗を開けてハンコを取り出し出張旅費精算書の示された場所に印を押す。
よりによって申請者欄が空欄になっていた。
「さんきゅー、また経理に怒られるトコロだった」
「どういたしまして」
にっこり笑う口元にピンク色のグロス。胸元にはフリルたっぷりのキャミソール。
屈み込むようにしているから胸の谷間が見えてどうしてもそこに目が吸い寄せられそうになるのを不自然にならない程度に視線を泳がせて見るとはなしに見る。
やっぱり俺は女の子が好きなんだ。好きな筈だ。好きに決まっている。
そう思うのに脳裏には開いたシャツの胸元から覗いていたくっきりとした綺麗なラインの鎖骨が浮かぶ。
柔らかい盛り上がった胸もなければ当然色っぽい谷間もありはしない野郎の胸元がちらりと見えたのに動揺したのなんて当たり前だが生まれて初めてだった。
仕事で会う時は私服勤務の会社で働いている俺と違って三蔵はいつもきちんとしたスーツ姿で、
仕事帰りに飲みに誘っても残業で遅くなったと言って遅れて来る時でもスーツ姿でネクタイすら曲がっていなかった。
秋が過ぎ冬が過ぎ春が過ぎ、仕事の無い平日にも時折会うようになって、
重苦しいコートもジャケットも要らない、私服のシャツの胸元のボタンを幾つか外す時期になり。
着痩せしてるのかと思ったけど本当に細いんだなあ、
なんて思っているトコロに身長差の所為で覗き込む形になった胸元にどきりとしたのがこないだの日曜の事。
休日に誘い出した女の子が豊満な胸を見せ付けるような格好をしていたら俺に気があるのかな、
なんて思う所だが生憎三蔵は男だからシャツをはだけていてもグラマーな胸元がチラリ、なんて色っぽい事は無く。
それなのにどうしてもシャツの合わせ目が気になってしまいエロ親父のようにちらちらとそこにばかり視線が行ってしまい三蔵と別れてからいたく後悔した。
やっぱり同性でも胸なんかじろじろ見てたらおかしいだろ、普通。
「コンビニでコーヒー買って来るけど何か飲みたいのある?」
がたんと立ち上がってさっきの女の子に声を掛ける。
「じゃあアミノサプリお願いします」
「おっけー」
「コンビニ行くんだったら俺も頼む。ボルヴィック」
「金は後で良いよ。んじゃ行って来る」
財布を取り出して小銭をじゃりじゃり言わせる同期にひらと手を振ってからフロアを出る。
降下するエレベータの中でもぐるぐると考え続け、ドアが開く瞬間、
色、白いなあと思ってたけどやっぱり他も白いんだなと妙な事に感心した、きっとその所為だろう、と理由を見付けて漸く安心した。
徒歩1分もかからない所にあるAPに歩いて行く途中でポケットから携帯を取り出すとメールが届いていた。
一通は悪友からのものでもう一通は三蔵から。メールボックスに並ぶ差出人の名前を見るだけでどきりとする。
三蔵からのメールにどんな事が書かれているか気になるクセに先に悪友からのメールを開く。
どうでも良いと言う事ではなく、
中身は俺の送った他愛の無いメールに対する他愛の無い返答だと分かっていても何となくメールを開くのを先送りにしたいからだ。
だってホラ、コンビニに着いたのに中に入る前に俺は店の前で立ち止まって携帯を握り締めている。
どうしてだか今はまだ分からないが。