indigo
とびっきりの美人を抱いている夢を見た。
細くくびれた腰に色白の肌理の細かい肌。上半身を起こして向かい合わせで脚の上に抱え上げて突き上げる。
俺の裸の胸に触れるか触れないか位の位置で揺れている相手の胸は驚く程に真っ平らで、
夢だからか都合良く映像がぼやけていて良く分からないがとてつもない貧乳のようだった。
爆乳、とまでは贅沢を言わないがグラマーな女の子が好きな俺がどうして・・・
と夢の中でさえ理不尽に思いながらもそんな事どうでも良い位の美人なんだと納得する。
胸が無いのはモデル体型だと思えば良い。だがその美人の筈のお相手の顔は俺には見えない。
顔が見えないのに美人だと分かるのも変だがそこはそれ、夢だからな。
俺の肩に顎を乗せているその美人さんの髪が頬をくすぐる。
「悟浄」
何処となく聞き覚えのあるようなハスキーヴォイスが耳を掠める。
あれ、この声。
「・・・・・・」
唐突に鳴る携帯の目覚まし用のアラーム音に何事かを考え掛けていた夢は残酷に打ち切られる。
「・・・っくしょ。イイ夢だったのに」
寝転がった侭腕を伸ばして携帯をひっ掴む。もぞもぞと起き出してTシャツに腕を通し適当に身繕いをして家を出た。
宵っ張りな俺に休日の早起き(いや、別に早くはないか)は辛い。
電車に乗ってアルタ前、ではなく東口びゅうプラザ前で待ち合わせだ。
カンカン照りの日もどしゃ降りの日も風の日も問題ナシ。
更に言うならそんな悪天候の時に遅れても怒られない(比較的)で済むのでちょっとした穴場なのだ。
「ヨ。お待たせえ」
オンナのコのように鏡の前でたっぷり30分も時間かけて化粧をした訳でも、
どの服を着てこうと一人ファッションショーをした訳でもないのに待ち合わせの時間に計ったようにきっちり10分、
俺は遅れて登場した。
ああ、ホラだからアルタ前なんかで待ち合わせないで良かったじゃん。
そう思ったのに人混みの中に俺の姿を発見したその人は眉間に皺を寄せて俺を睨み付けていた。
そんな顔してたら折角の美人が台無しじゃん。
人待ち顔で、しかも待ち人来たらずの不機嫌なツラでアルタ前なんかにいたらオンナノコだったらナンパ野郎にさんざ声掛けられて大変な処だ。
そーゆー危険な虫にたかられる心配も少ないこの場所の難点は、一応駅構内だから煙草が吸えないと言う事だ。
待たされて尚且つ煙草も吸えないとあっちゃあ機嫌も悪くなるだろう。
相手によってはびゅうぷらざ前は待ち合わせのベストポジション、ではない。
「何喰いたい?待たせたから奢るケド」
小さく頭を下げて謝りながら言う。今日の映画のチケットだって俺持ちなんだが(貰いモンだけど)
目の前の金髪美人の機嫌が直るならそれ位は仕方ない。
くだらねえ噂話が好きな女の子達にウンザリしてカノジョいない歴をひっそり更新中の現在、
映画のタダ券を貰った時に思い浮かんだのはこの金髪美人の顔だった。
それにしても映画の券っつうのはどうしてペアでしかくれないもんなんだろう。一人で見るのが好きなヤツだっているだろうに。
促すように駅の外へと足を踏み出すと三蔵はポケットから煙草を取り出した。
ホラ、やっぱり吸うの我慢してたから機嫌悪かったんだ。
「マジで奢るからカンベンな?」
色気のねえ100円ライターなんかで火を点けようとするのを慌てて横からジッポを差し出してやると少しイヤそうにした後マルボロを強く吸い込んだ。
あん?何でそんな顔すんのよ、と思った後、
新宿なんかで人の煙草の火を点けてるとホストっぽかったかと少し可笑しくなった。
「な、三蔵何喰う?」
こっそり笑いながら重ねて尋ねた。
「・・・何でも良い」
今まで一言も口をきかなかった三蔵が漸く口を開いてくれた。だが面倒くさそうに、どうでも良さそうに呟かれた一言に。
「がっ、ぐふうっ」
俺は盛大に噎せた。
あろう事か三蔵の声音は、今朝の夢で聞いた艶っぽいハスキーヴォイスと同じものだった。
「がは、げはっ!!」
「・・・おい、大丈夫か」
「ちょっ、ちょっと煙草に噎せて・・・」
涙目で顔を上げると2つ目のボタンまでもはだけた三蔵の白い綿シャツの隙間から細い鎖骨が覗いて見えた。
柔らかみを一切こそげ落としたかのような厚みのない肉体が、その薄っぺらいシャツ一枚の下にあるのだと突如意識する。
「う・・・っ!」
どきんと、何かヘンな物を呑み込んだかのように腹の奥に熱い塊を感じる。
「おい。」
「あっ、せせせ青龍門行こ!俺青龍門のランチタイムって行った事ねえんだ!」
下から覗き込むようにこちらを伺って来る表情を視界の端にちらりと捉え慌てて横を向く。
絵の具を垂らしたような深い蒼の空。
晴天のホコテンの雑踏に紛れ俺の不自然に上擦った声が半ば呑み込まれ消えて行くのが心強く思えた。