冬の花 2
新年を迎える刻にさんざっぱら鳴らされた爆竹の残骸も、朝になってみたら全て白いものに埋められ、掻き消されていた。その新雪にブーツを濡らしながら出向いた大寺院の新年法会で遠くから伺い見た三蔵は、 いつかの法会で着ていたような光沢のある美しい法衣を身に纏っていた。 つっても俺や悟空が見る事が出来たのは回廊を回って本堂に向かって来る姿だけで、 あまりの人混みに結局それ以上は近付けなかった。
本堂に入り切れなかった多くの者は、スピーカーが仕込まれているらしく堂外まで聞こえて来る読経の声を有り難がって聞き、 そこで次回の読経の為に列を作って居並んだりもしていたが、三蔵の読経を聞く為に並ぶっつうのもアレだし、 俺達はそこらの屋台で小吃を適当に買ってから再び八戒達の家に戻る事にする。
「三蔵の声おかしくねえか?」
「スピーカーが良くないのかも知れないですね」
スピーカー越しの三蔵の声は何だか鼻濁気味だが僅かに混じる機械のノイズの所為だと言われれば確かにそんな風にも聞こえる。 おかしいと思ってしまったのは、この寒空に風邪でもひいてなければ良いと考えていた所為だろう。
「顔出してけば?」
「いえ、良いんですよ、三蔵はお仕事中なんですから」
三蔵が真面目にお勤め中だと言うのに、 いつもに増して線香臭い境内でふかしたての肉饅頭を呑気にぱくつきながらそんな会話を交わす。
本当は俺達がこっそり読経を聞きに来ていたと知ったら三蔵は物凄くイヤがるだろうし、 そのイヤがるツラを拝むのは面白いだろうとは思ったが何しろ並んでまで待つのは何かの修行じゃないかと思う程に冷え込みがきつかった。 参道は綺麗に雪が掃き清められていたが再び雨が降り出したら雪に変わる事は間違いない程の寒さの中、 屋外に突っ立ってるのは辛い。
外に出ていた所為ですっかり冷えた身を震わせて早足で八戒達の家に戻り、 ぬくぬくと暖まりながら新年のご馳走の残りを喰い散らかし酒を飲んで気怠い程自堕落に過ごした。
「泊まって行っても良いんですよ」
「そうそう、それに三蔵は暫く帰って来ないと思うぜ」
出がけにイヤな事を抜かした悟空の言葉通り、対聯を貼った柱の間をくぐり抜け扉を開けるまでもなく、 今年最初にこの家に脚を踏み入れたのが俺だと言う事はすぐに分かった。
暖房の残り火もない、きんと冷えた空気が痛い程だ。
「うう、寒っ」
思わず一人ごちてから急いで暖房を灯し、新年っぽい食い物の用意の一つもない冷蔵を開けてビールを取り出す。
「カンパーイ」
椅子に背を預け缶ビールを掲げて一人で言ってみる。
八戒の所で日本酒やら老酒やらを散々飲んだ後だと言うのに誰も飲み過ぎを咎める事もない一人の家。
久し振りに3人で騒いだ後だからかやたらと静けさが身に染みる。
いつもだったら三蔵が座っている筈の、今は空っぽな椅子を白々と眺め遣ってから冷やし過ぎたビールを口元に運ぶ寸前、 ビールと共に飲み込む筈だった言葉をぼそりと呟いてみる。
「早く帰って来やがれ、クソ坊主」
誰の耳にも届かない台詞は、静寂の中に消えた。