ever with you 3
気怠く寝転がった侭大きく呼吸を繰り返した。汗まみれで同じく呼吸を荒くしている悟浄が覆い被さった侭なのが何故なのか訝しんだが、
何となく悪い気分ではなかったので押し退ける事は止めた。
互いの息と呼吸がゆったりしたものになった頃悟浄が起き上がって徐に体を離し、
その時初めて、それまで悟浄自身が俺の中に入った侭だった事に気が付いた。
悟浄のモノが抜き取られた後とろりと体の中から生温いものが流れ出て来るのにソレが何であるのかに思い至りぎょっとして起き上がろうとする。
が、どうにも全身に力が入らず出来なかった。
へたりと中途半端に起き上がらせた上半身が再びシーツの上に沈むとその動きに脚の間から再度注ぎ込まれた悟浄の精液がシーツの上に零れて行く。
「さーんぞ。無理すんなって」
そう言ってへらりと笑う悟浄は平素の余裕たっぷりな表情を取り戻していて。
自分だけが未だ脱力しきっている事が悔しくて唇を噛むのにいつも悟浄の吸っている煙草の吸い口を押し当てられた。
てめえの煙草なんざ要るか、言おうとしたが口を動かすのも面倒だったのでその侭吸い込むと再び横合いから悟浄の腕が伸びて来て煙草を奪い取られる。
吸いさしのそれを自分の口元に運び、へらと悟浄が照れたように口元をだらしなく緩め笑うのを見ても文句の一つも満足に言えそうになかった。
どれ位休んだろうか。
口元に押し当てられる煙草を悟浄には返さず丸一本吸い切れるようになる迄の時間は案外短かった気もするし長かった気もする。
要するに、ぼうっとしていて時間の経過が良く分からなかった。
どうにか動けるようになってからよろよろと年寄りのように背中を丸めて風呂場まで歩いて行った。
「一緒に入る?」
と言う悟浄のふざけた台詞にはそこらにあるものを手当たり次第に投げ付ける事で答える。
いつものように銃を抜き取って狙いを定めて撃ち込めるだけの力が入らなかった。
1人で旅をしていた頃何度もおかしな趣味を持つ男達に襲われた。
こうして経験してみると何て恐ろしい事を強要されそうになっていたんだと今更ながらにぞっとする。
未だ膝が、否、下半身が笑っているかのように何処かカラダが毀れているのではないかと思う程にがくがくしている。
ひたすら痛くて、苦しくて。
・・・でもそれだけではなくて。
こんな馬鹿げた事、耐えられる筈がない。
相手が、ヤツでなければ。
考えてしまってから自分の沸いた脳が恥ずかしくて大声で滅茶苦茶に叫び出したくなった。
然しそんな事をしたら室内にいる悟浄に聞こえてしまうので大声を出す代わりに乱暴にシャワーのコックを捻り降って来る湯を頭から引っ被った。
宿を出て歩き出しても未だ下半身が震えているようで、
歩く事だけに意識を集中する事で敢えて自分達が歩いているのは一目で見て分かるいかがわしい歓楽街だと言う事を脳裏から追い出す。
宿を出てしまえば馴れ馴れしい程にいつもべたべたと触れて来る悟浄の手が俺に触れる事も無くてほっとする。
こんな処で触れられたら男二人でそういった「宿」を利用したのだと宣伝して歩いているようでいたたまれない気分になったろう。
怪しい界隈を通り抜け、映画館などと混じった雑多な一角に出た時突如声を掛けられた。
「あれー?悟浄じゃない?」
ぎくりと顔を上げると一見寝癖かと思うような外ハネの、
一目で染めたものだと分かるオレンジ色がかった髪に鮮やかなコバルトブルーのチャイナドレスの女と、
大量の髪留めで髪を結い上げた、薄手の黄緑色のワンピース姿の女がそこにいた。
朝晩は冷え込む季節になった事を未だ知らないかのような露出の高いその服を見れば平穏な街中で見ても水商売系だとすぐ分かる女達は、
悟浄の知り合いであるらしかった。
「あれー?お前達なんでここに?」
「ソレはこっちの台詞でしょ」
親しげな声を上げるとその場に踏みとどまった侭の俺から離れ悟浄が女達に近付いて行く。一歩、二歩。
遠ざかる背中は俺が立ち止まった侭でいる事を気にも止めていないように見えた。
「今日は店が休みだから遊びに来ようかって」
「・・・がさあ、『 』の店で先行発売なんだって」
耳に馴染みのない音が幾つか混じる会話を、悟浄は訝しむ事なくさらりと続ける。
「悟浄、この辺り良く来るの?」
「いや、まあたまにだよ」
「あーもー、知ってたら色々買って来て欲しいものとかあったのにー!」
「おいおい、パシリかよ」
何が面白いのか甲高い声でけたたましく笑う女達。
否、笑っているのは薄着の女達だけではなかった。
少しずつ後じさりながら悟浄の横顔を見る。何の屈託もなく楽しげに笑う悟浄の横顔。
気付かれないようにその場を離れた。
角を曲がった処で早足になる。
何で坊主と一緒にいると言われたら悟浄も困るだろうと思った。
何で坊主とこんな処にいると言われたら俺が悟浄だったとしても返事に窮したに違いない。
だから悟浄が女達の関心を一手に引き受けている今のうちに姿を消すのは当たり前の事だ。
悟浄が俺の事なんか忘れたように笑顔でくだらない話を続けているのは当然の事だ。
少し前まで悟浄に組み敷かれ大きく開いていた脚に力が入らない。
あの腕の中にいたのはほんの数十分前の事なのにもう悟浄の瞳に俺は映っていない。
がくがくと震える膝を酷使して必死に脚を引きずるように前に動かし続ける。
黙っていなくなった俺の事を悟浄は少しの間は気にするだろうがすぐに俺の事なんか忘れる。
そしてあの女達と、或いは別の、俺の知らない女の処へ行き笑いながら夜を過ごす。
悟浄は、そういうヤツだ。
俺は悟浄の事を何も知らない。
俺が悟浄と今迄に過ごした時間はあまりにも僅かなものだ。
俺は一体、悟浄のどれだけを知っていると言うのだろう。
こんな、身体の関係を持つぐらいの事、悟浄にとってはどうと言う事も無い。
ほんの数分経てばすぐに忘れるような事で、
「・・・っ」
僅かな地面の窪みに脚を取られ膝から頽れるように蹴躓いた。
力の入らない脚では体勢を立て直す事が出来ず咄嗟に突っ張るように地面に着いた掌が熱くて痛む。
「おいおい、大丈夫かあ?」
聞き慣れた、少し鼻にかかった声が背後から聞こえてくるのに顔を上げる。
「どしたの。急にいなくなったりして」
「た・・・煙草を」
どうして俺がいたたまれない気分になったのか少しも気が付いていないような呑気な声音で訊ねられ、
咄嗟に視界の端に写った自販機を言い訳にする。
「そんなに吸いたきゃ俺の分けてやったのに」
「てめえの煙草なんざ要るか」
差し出された手を無視して何とか自力で起き上がると悟浄に背中を向けて自販機と向かい合った。
鼻の奥が、胸の奥が痛い。
どうして俺はこんなバカの事なんかを。
どうしてこんないい加減な男の事なんかを。
背中に悟浄の視線を感じながら硬貨を投入口に突っ込む。指が震えるのではないかと思った。
それでも、もう後戻り出来ない事は分かっていた。