夏天猶熱 4
「三蔵様、ご無事でしたか」
別の戸口から入って来たらしき、
俺より先に現場に到着していた部下達が三蔵法師と何やら押し問答をしているのに一声掛けて近寄りながら不意に気付く。
床の上に直に座らされて鎖で縛られている男達の耳が長く尖っていない事に。
それから、その鎖の先が赤い髪の男が床に突き立てるように掴んでいる錫杖に繋がっている事に。
成程腕の立つ用心棒を身近に置いていたのかと思うが、
だったら護衛は不要だと告げた時に何故その事もこちらに教えておかないのかと不愉快にも思う。
ともあれ、今は全員気を失っているらしき男達は全て、その身に妖力制御装置を嵌めていた。
あの異変以来この長安では妖怪の姿を見る事はなくなっていた。
正気を保っていた妖怪達も、妖怪を懼れる人間達との溝を日々深め、
何時闇討ちされてもおかしくない緊迫した空気を畏れたのかそれとも嫌気が差したのか、ぽつりぽつりと長安の街から姿を消していた。
或いは、実際私刑に遭ってその存在を葬り去られた者もいるのかも知れない。それは分からない。
分かるのは、異変が収まった筈の現在でも妖怪達はそのあるが侭の姿では人間に混じって暮らす事は出来ず、
ただの装身具と見過ごす事の出来るような妖力制御装置を使用している者ならばいざ知らず、
一目で妖力制御装置だと見て取れるようなものを装着している者は未だ表社会に戻る事は出来ず、
嘗て暮らしていた土地に戻っている妖怪もいないであろうと言う事だけだった。
部下達も久方ぶりに目にする妖怪に何となく近寄れないでいるらしく、俺の姿を発見して安堵したように疲れた笑みを見せて敬礼した。
妖怪との実戦経験のない事を指摘された後だっただけにそんな態度に若干の苛立ちを覚えるが、
軽く頷く事で答え、三蔵法師の傍らに立つ。
「見ての通り、こいつらで全部らしい」
何と切り出すか。考えていると三蔵法師が先に口を開き床の上の妖怪達の方を顎をしゃくって指し示した。
「・・・・・・」
全部で6名。多くはない。だが妖怪と人間の力差を考えれば決して少なくはない。
「おい」
「え?」
「何時までこうしてるんだ?良い加減そっちで引き取れ」
そもそもは、三蔵法師の命を狙う妖怪達を一網打尽に、と目論んだのは寺院の側であった筈だし、
兵の配備にまで口を出され、あまつさえ結局捕縛したのは寺の側の人間であった訳だが、軍部で引き取らなくてはならないのか。
然しこいつらは犯罪者だ、仕方ない。
「・・・・・・はい」
言われなくたって、言葉を呑み込みながら返答するがふと気付く。
「鎖・・・の方が良いですか」
「縄で充分だろうが」
妖怪の真の力の恐ろしさを、話に聞いているだけで実際には知りもしない事を揶揄されるかと思ったが、
三蔵法師は余計な事は言わずにあっさりと答えた。
そうなのか。まあ後ろ手に括っておけば妖力制御装置も外せないだろう。
納得して、部下に視線で合図を送る。縄を取り出した部下達が近付くと、この侭では縛り難いと思ったのだろう、
赤毛の男が手にした錫杖を軽く揺すって鎖を緩める。
「・・・!」
途端、部下達が後退りかけるのに舌打ちしそうになるが何とか思い止まる。
しゃがみ込んで手近な妖怪の手首をひっ掴む。温かい。当たり前だ。低温動物と言う訳でもなく耳と、尖った爪と、
妖紋さえなければ俺達人間とほぼ同じような生き物なのだ。
「縄を寄越せ」
命じると、慌てたように部下が駆け寄って来て縄を渡す。一人縛り上げるとそれまで妖怪を捕縛していた鎖が消えた。
「・・・・・・?」
顔を上げず作業を続けた侭、
視界の端で鎖のみならず赤毛の男の手にしていた筈の錫杖までもが空中に霧散するかのように消え失せるのを確認する。
あれだけでかいエモノが折り畳んで小さく仕舞えるなどと言う事はあり得ない。
あの男も妖怪なのか・・・?
いや、確か三蔵法師は西行きの際妖怪達を供として連れていたと聞く。恐らくそいつだ。
改心させ従わせたのか、あの異変の中、仲間である妖怪側に寝返る事なく、凶暴化する事もなく遙か天竺まで旅をしたと言う妖怪。
あり得ない事だと話半分に聞いていたが、もしかすると三蔵法師の力は妖怪の凶暴化を抑える事も出来るのかも知れない。
態度こそむかつくが何と言っても最高僧だ。一般衆生が平伏すだけの事はある。
妖怪達を全て縛り上げ、数珠繋ぎにすると三蔵法師はふいと背中を向けてその場を離れようとした。
「三蔵様!」
「何だ。もう用は済んだだろう」
「状況を説明して頂けますか」
肝心の現場を俺は目で見ていない。こいつらが妖怪であると言う事、
そして俺達が堂内に踏み入った時にはこいつらは既に捕縛されていた事。妖怪と雖も状況証拠だけで牢にブチ込む訳にはいかなかった。
「てめえにはそいつらを護送する仕事が残ってるだろうが」
「護送車が来る迄時間があります」
「他のヤツラに聞け」
あんたが当事者だろうが。
先程、一瞬だけ尊敬しそうになった事を激しく後悔した。
道中、ヤツらが暴れ出した時の為に備えて気絶した侭の妖怪にクスリを嗅がせて護送車に運び込んだ。
薬物の作用で妖怪どもの体がぐんにゃりしているのを腕を取って確かめてから縄を解き、
怯える部下を脅しつけ念入りに鉄の鎖でその両手を繋がせる。
両手の自由を与えぬ侭、妖怪どもが意識を取り戻す前にそそくさと薄暗い牢に放り込んだ。
犯罪者を牢に突っ込んでしまえば後はそいつらがどんな刑を受けるかは司法局の判断する事だった。
調書を書き訴状を書き急ぎ司法局に持って行く。
何しろ書類提出の遅延はそれだけで懲罰の対象になる。一瞬は降格も減給も覚悟した面倒な仕事を、
それを阻止したのは自分の手柄ではなかったにしろ無事に遣り仰せたのだ、
つまらない事で失点を得るのはバカげていた。
「追って裁判の日程を連絡します。それまで、犯人共の身柄はそちらに」
「承知した」
長い一日だったと宿舎の食堂で晩飯を喰らいながら碑酒を飲む。
本日のオカズの皮蛋豆腐と、テーブルの上の容器に入っている取り放題のザーサイは酒と良く合った。
尤も、万が一逮捕した妖怪達が手錠も牢の格子もぶち壊し得るだけの力を持っていた場合に備えて嗜む程度にしか酒は飲まなかったが。
だが、妖怪どもがもし牢の壁も格子もぶち破るだけの膂力を持っていたとしたら、
俺に、俺達禁吾衛に太刀打ちする事が出来るのだろうか。妖怪どもの乱暴狼藉を行う姿を実際に目にした訳でもなく、
またその妖怪どもを自分達で取り押さえた訳でもない。部下共も、自分も「その時」に臆す事なく挑んでいけるのか、
正直分からなかった。
結局、カタが付いたと思っても未だ今日の仕事に振り回されているのだ。
普段であれば酔いが回る程でもない量の酒に、それでも炎天下での仕事に疲労していたらしき身体が僅かに重くなってくる。
まだ考えなくてはいけない事が幾つも残っていたような気がするが、酔いの所為か自分が何を気にしていたのかも思い出せない。
もう、当分寺関係の仕事には関わりたくもねえ、そう思いながら酒を飲み干せば、
酔いで力の加減の出来なくなった手の中で、空になった缶がぺきょ、と高い音を立てた。