パチンコ
「三蔵は競馬以外のギャンブルってやらねえの?」
「・・・ああ」
問われ、三蔵は少し考えるようにして否定の意を告げた。煙草を取り出し口に銜える。
「なーに言ってんだよ『江流』?」
背後から突然からかうような声を掛けて来たのは朱泱だった。 この三蔵の競馬の師匠とも言うべき人物とばったり競馬場で出会すことは滅多に無い。 朱泱は毎週競馬場に通っている訳ではなく来る時も三蔵と申し合わせて来ているのでは無いらしい。 つまり此処で顔を合わせるのは本当に偶然なのだ。

競馬場通いを共にする知人がいるのなら何故出会ったばかりの頃いつも一人でいたのか、 一人で居るのが好きなのかも知れないがだとしたら何故自分と一緒に居るのか・・・悟浄は不思議に思う。
大体三蔵とは結構長い付き合いになるがこの朱泱と言う人物と初めて会ったのは今年の春先だった。 お互い意図的に避けていた訳でも無さそうなのにどうやったらそんなに長い間競馬場で顔を合わせずにいられるのかも不思議だ。 尤もローカルならともかく関東の競馬場ともなれば少ない時でも盛況時のローカル以上の人出だから、 と言われてしまえばそんなものかと納得出来ない事も無いのだが。

「その名を口にするんじゃねえ」
『江流』とは何だ、と問い掛けようとした矢先三蔵が見た事もないような険しい表情をして朱泱を睨み付けた。
「隠す事は無いだろうが。『河流れの江流』」
三蔵の射殺すような視線も気にならないようで尚も朱泱が口にしたのはどうやら三蔵の二つ名のようだった。
『坊や哲』みたいなもんか・・・?流しの麻雀打ちだとか?
「三蔵・・・」
もしかして雀鬼?
「こいつと一緒にでも行けば良いじゃないか」
悟浄が尋ねようとした時再び朱泱が口を開いた。こいつ、と言いながら悟浄の方へ顎をしゃくる。
「もう飽きた」
三蔵の態度は酷く素っ気ない。
「ふーん・・・もう行かないんだったら教えてやっても良いだろうが?こいつはな、地元のパチンコ屋じゃちょっとした伝説なんだよ」
赤ペンを取り出して馬体重をチェックしながら朱泱が話す。
「パチンコ屋?」
いやそれより伝説って・・・。
「くだらねえ」
指先で弄んでいた煙草に火を点けながら三蔵が吐き出すように言う。





三蔵の実家は寺で、遠縁にあたる義理の父は住職だった。 檀家で不幸があったり、知り合いの寺から人出が足りなくて呼び出されたり、 父と出かける約束をしていた日が突然キャンセルになる事は幼い頃から度々あったがその事に三蔵が文句を言った事は無かった。
だが近所に住む朱泱は三蔵が寺の用事で出掛けた父の代わりに留守居をしているとふらりとやって来てはちょっとした処へと誘い出した。
その内の一つが競馬場であり、パチンコ屋であった。

店内に立ちこめる煙草の匂い、けたたましく流れる軍艦マーチ、四角い台の中を飛び交う銀球。 駅前にあるその店に初めて脚を踏み入れた三蔵はきょろきょろと辺りを見回しながらも朱泱から離れないよう店内と朱泱を交互に忙しく見比べた。
「好きな処に座れや」
そう言われ台を慎重に選んだ三蔵が腰を下ろした台の隣の席に朱泱は陣取り、銀の球を三蔵の台に流し入れた。
「いいか。ここのレバーを、こうして」
朱泱がハンドルを回すと銀の球が勢い良く機械の中を飛び跳ね上昇して行き、釘の間をコロコロと転がり落ちて行った。
「で、これがココに入るとアタリだ」
示されたぱくぱくと開いては閉じるチューリップのような形をした飾りは台の中数カ所に散っていた。
「ま、自分でやってみろ」
言われて三蔵はこくんと頷いて台に向かった。

ころころと釘に当たっては跳ね返りながら銀の球が幾つかチューリップのようなものに呑み込まれて行く。 ちらと横目で三蔵の様子を伺った朱泱が見たのは、三蔵の台の上、未だ無くなってはいないどころか溢れそうになっている玉だった。 まだ当分終わりそうにないのを確認してから自分の台に視線を転じる。
「朱泱」
「何だ?」
横から声を掛けられたその声は店内の喧噪に紛れて殆ど聞き取れない。
「機械が壊れた」
「はあ?」
慌てて隣を見ると三蔵の台から河のような勢いで溢れ出す銀色の玉の洪水が見えた。



「おっと、阪神のレース買うんだった」
そこで言葉を句切り朱泱は慌てて券売機の方へ人を掻き分けて行った。 パドック派の朱泱が珍しくスタンド内の通路をうろついていたのは他場のパドック映像を見たかったかららしい。



「最初はビギナーズラックだと思ったんだがな」
「まだ続くのか」
苛々と煙草を消費しながら三蔵が口を開く。
この話題は嫌いだった。 初めて出したフィーバーに自分が機械を壊したものと思いおろおろと狼狽えたみっともない姿を思い出してしまう。 ぽかんと口を開いた朱泱の姿を見て確信を深くし泣きたくなった。厭な思い出だ。
「まだ肝心の所に来てないだろうが」
「あ、そうそう・・・江流・・・とか?」
深く考えず口にした三蔵の別名(らしい)に三蔵が悟浄を睨み付けるが朱泱は話を続けた。
「次にパチンコ屋に行った時も大フィーバーが出た。その次も。その次も」
「ビギナーズラックだと思った割に随分連れてったんだな・・・」
「まあな」
「換金した金はコイツの小遣いになったからな」
「全部じゃないだろうが。大体玉を買う時金を払ってたのは俺だ」
「500円だけだろうが」
「あ、俺札幌のレース買って来る」
「良いだろうが。その後食い物とか買ってやってたし」
「駅前の鯛焼き屋じゃねえか」
「お前甘いもん好きだろうが」
酒も飲むクセに甘い物が好きなのか。三蔵達の会話を気にしながら悟浄は券売機へと向かった。



悟浄が再び壁際に並んで立つ二人の処へ戻って来た時は先程の会話はもう終わっていたようだった。
「お待たせしましたー」
「何処まで話したっけか?」
尋ねられ、三蔵が甘い物好きだって処まで、と答えそうになるがそれより今は聞くべき事が悟浄にはあった。
「三蔵が次々とフィーバーを出した辺り迄だな」
「えーと、そうそう」

玉が洪水になる程の大フィーバーを出しまくる子供の事は瞬く間に地元のパチンコ屋で噂になった。 因みに子供はパチンコに興じる事は法律で禁じられているので三蔵がフィーバーを出した後は朱泱と席を替わっていた。 その口止め代わりに、二人はドル箱から零れ落ちる銀玉を近くの席のオヤジ達が拾い集める事を咎めなかった。 或いは近所に住む老人と出会した時等に景品の煙草をプレゼントする事もあった。
「・・・そんな事あったか?」
「ホラ、田中の爺さんの誕生日の時だよ。他にも・・・」
「憶えてねえ」
「まあそんな訳でこんなチビがパチプロ顔負けの稼ぎをしてその上気前が良いってんで人気があったんだよ」
「ガキがパチンコしてちゃまずいんじゃ・・・つーか打たなきゃ良いってもんじゃなくて子供は入店禁止なんじゃ」
「堅い事言うなよ。昔は平気だったんだよ。まあとにかくそんな訳で付いた徒名が『河流れの江流』」
「てゆーか本名の欠片も無いんですけど」
「『河流れの三蔵』じゃ座りが悪かったんだろ」
「それもそうだ。・・・何で三蔵パチンコ止めたんだろう」
「さあな」
二人は揃って何時の間にか自分達から少し離れてモニタ前でパドック映像を見ている三蔵の背中に視線を転じる。



初めてフィーバーを出した時、店員が来る前に気が付いたように朱泱が「席を替われ」 と言ったのでどうやらこれは子供がしてはいけないものらしいと言う事が分かった。 それからも店員が来る前に慌てて朱泱と席を入れ替わったものだったが恐らく実際の処店員にバレていた事だろう。
パチンコを止めたのは「子供がこんな事をしてはいけない」と言う潔癖感からでは無く、 朱泱の子供だと誤解されているうちは良いが(「俺は独身だっ!」by朱泱) 自分が寺の子供だと知っている奴が見咎めて父の風評に関わる事があるかも知れないと気が付いたからだ。 先程の何とか言う爺さんでは無く、頭の堅い奴らに見付かりたくなかった。
だから、地元の遊興施設に通うのを止めた。
成人となった今では誰に見咎められてもどうという事は無いのだがあれ以来パチンコ屋に脚を運ぶ事は無かった。 成人してようが何だろうが寺の跡取りがパチンコ屋通いをしていれば煩く言う奴はいるだろうが別にそんな事が気に掛かった訳では無く、 単に興味が無くなったからだ。朱泱には「飽きた」と言ったが自分でもその通りだと思う。



「阪神のメイン、三蔵は何が軸?」
「ニホンピロ」
隣に並んだ背の高い男に話し掛けられるのに顔も上げず即答する。どうやら朱泱はパドックを見に行ったらしい。
「えー?スターリングローズじゃねえの?」
「59.5kgも背負ったら無理だろう」
無機質な機械に一人しかつめらしい顔をして向き合う勝負より何が起こるか分からない生の勝負の方が余程面白い。

それに、と三蔵は思う。

飽きねえ奴も一緒だしな。




ベルリンの壁の続き。

2003.10.5スプリンターズSの日。・・・だけど二人が気にしているのは阪神のシリウスS。ビリーヴラストランはどうでも良いんですか! て言うか二人共その馬が軸だと外れだから!

年中無休に続く。

100題