ガムテープ
「コレ通販で買ったの」
可愛いでしょ?
俺が同意するものと信じて疑わず自慢げに花柄のガムテを差し出して来たオンナがいたっけなあ・・・。


そんな事をふと思い出したのは目の前の三蔵が何かのカタログを真剣に捲っているからだ。
「さんぞー、何見てんの」
横から覗き込んで見ればそれは石灯籠のカタログだったので絶句した。


門をくぐるとすぐ玄関、と言う30坪程度の土地に無理矢理こさえた庭のスペースに何を思ったのか洋風趣味な門や玄関のドアや窓枠や庭柵に似つかわしく無い石灯籠が立ててある家を見た事がある。
庭の広い和風の家ならば庭に灯籠が立っていてもおかしくは無いとは思う。 然し家が洋風で、あまつさえ家人が庭いじりする際も腰を下ろす事さえ出来そうも無い程狭いスペースによりによって石灯籠と言うその家は (と言うか石灯籠の所為で庭がそれだけ狭くなっているのだが)かなり衝撃だった。 とはいえ家に老人がいるのかも知れないしどんなに悪趣味であろうとも俺には関係無い、そう思う。

だがもし三蔵が灯籠を買うつもりなのだとしたら・・・。
勿論止める権利は俺には無い。然しここはマンションだ。ベランダに置くつもりか?
「なあ三蔵それって・・・」
「朱泱が置いていった」
疑問を口にする前に三蔵が答える。朱泱、と言うのは先程会った坊主の事だ。坊主と言っても有髪だったが。





三蔵のマンションのチャイムを鳴らすと出て来たのは三蔵では無く見た事の無い黒髪の大男だった。
「新聞だったら間に合ってるぞ」
にやりと嗤って先制攻撃を仕掛けて来るその男は僧侶姿で、 三蔵は養父を亡くしてから寺に引き取られたと聞いていたので恐らく身内だろうと見当を付けて挨拶した。
「初めまして。俺は新聞の勧誘員じゃなくて、友人の沙悟浄って者です」
「・・・そりゃ悪かったな」
悪いと言いながらまだ笑いを浮かべているそいつはドアを抑えた侭振り返り、部屋にいるであろう三蔵に声を掛けた。
「おーい、オトモダチだぞー」
「上がってもらえ」
奥の方から声が聞こえて来る。
「だ、そうだ」
三蔵の返答を待って漸くそいつがドアの前から躰を退かしたので玄関に上がり靴を脱いだ。 案内も乞わずリビングまで勝手に歩いて行くと大男も後ろからついて来た。
「なんだ。帰るんじゃなかったのか」
俺にでは無く、俺の後ろのヤツに視線を投げ三蔵が口を開く。
「お前のオトモダチが来たって言うのに挨拶もしないで帰れるか」
言いながらそいつはソファに腰掛けている三蔵の処までつかつかと歩いて行った。 長身の割に暑苦しさを感じないのはそのきちんと伸びた背筋のせいであるのだとその歩く姿を見て気が付いた。
リビングの入口で突っ立った侭だった俺の方を見て、溜息を吐いて三蔵が立ち上がった。
「紹介する。こいつは・・・」
「パトロン」
三蔵の肩を抱きかかえるようにしてそいつがウインクしながら言うと三蔵はその手を乱暴な仕草で振り払った。
「死ね」
「今のは嘘。お兄ちゃんです」
「あんたな・・・」
呆れたように三蔵が額に手を当てる。
「こいつは朱泱。寺の副住職だ」
今度は茶々を入れる暇も無いように早口で三蔵が後ろの男を紹介した。何処の寺の、とは言わない。
「どうも」
言って朱泱が右手を差し出して来る。握手、と言う事らしい。 並んで立って見ると人よりでかいという自覚のある俺よりも更にそいつの方が背が高かった。 朱泱は相変わらず口元に笑みを浮かべた侭だった。笑いが地顔らしい。
「コイツはこの通り気難しいヤツなんで宜しく頼むな」
握った手に力を込めてに、と笑うと
「じゃ」
と言ってとっとと背を向けた。
「あの」
俺が追い出したようで慌てて声をかける。
「いいって。帰る処だったんだから。またな」
「ああ」
ひらひらと手を振りながら出て行くのに三蔵が返事した。
「良いのか?」
ばたん、とオートロックのドアが閉まる音に問い掛けると、 三蔵は煙草に火を点けながらテーブルに出しっ放しになっていたカタログを捲っていた。
「ああ。まだ檀家回りが残ってるって言ってたからな」
「ふうん」
言いながら三蔵の手元を覗き込むと、それは石灯籠のカタログだった。





「寺の大灯籠を新しくする事になったらしくてな。費用を喜捨してくれた檀家にお礼回りのついでに寄ったそうだ」
「それで何であんたがそんなもん見てるの」
「俺の意見も聞きたいそうだ」
成程ね。三蔵が自分で灯籠を買うつもりでは無いと分かって安心したので勝手に隣に腰を降ろして一緒にカタログを見る。
「色々あるんだな」
どれもこれも灯籠に変わりはないのに値段は様々だ。
「コレとコレは何でそんなに値段が違うの」
「大きさと仕様と材質だ」
「へえ」
寺で育っただけの事はあって三蔵はすらすらと答えた。
「あ、じゃあ悟空のヤツも呼んで見せてやった方が良くないか?」
悟空は三蔵とは違う経緯ではあるが子供の頃から寺で育ったのだと以前聞いた。
が、俺の言葉に三蔵は眉を顰めた。
「何。どしたの」
「いや・・・」
言って三蔵は煙草を揉み消した。
「ガキの頃悟空が境内の灯籠をぶっ壊したのを思い出した」
「壊したって・・・」
こんな頑丈そうな灯籠をどうやって。不審そうな俺の声を聞きつけて三蔵が説明する。
「これじゃなくてもっと小さいヤツだ。そっちは安いモンだったからまだ良かったが・・・台灯籠を壊した事もある」
「だいとうろう?」
それってコレだろ?
「本堂の中にある蝋燭を置く灯籠だ。アレは結構高いんだ」
溜息を吐きながら言う姿を見ればきっと悟空が壊したのはそれだけではないだろうと言う事が伺い知れた。
「障子は破くわ鐘衝き堂の屋根に登るわ畳に茶っ葉をぶちまけるわ」
屋根は壊さなかったんだな。
「・・・手のつけようが無かった」
三蔵はソファの背凭れに寄りかかり天井を仰いだ。小さく苦笑を含んだその声音。
ああ、なんだ。
寺で過ごした歳月は決して三蔵にとって辛いものでは無かったのだとその声から伺い知れた。
あの悟空と生活を共にし不幸な侭であり続ける事など出来はしないだろうと思わないでもないが、 死すべき命を救ってくれた養父と死別するという形で望まざると過ごす事になった寺院での生活が笑って話せる程に優しい日々であって良かった、と思う。
ソファの背に頭を凭せ掛けている三蔵の上に身を乗り出し覆い被さるように顔を近付ける。
眼を閉じ、厚みのあって柔らかい三蔵の唇を自分のそれで挟み込みようにしながら三蔵の過ごしたであろう悟空との日々を思う。 恐らくは過去に捕らわれた侭でいる事などとても出来ないであろう程騒々しく目まぐるしい毎日。 悟空の笑顔に巻き込まれる形で三蔵も時折笑みを漏らす事もあったろう。
く、と頚を反らせ三蔵が逃げようとするので両腕を掴んでしっかり抑え込む。 痣にならないよう握り込める力は弱く、その代わりのしかかるようにして体重を掛けると諦めたのか三蔵は力を抜いた。


長い口付けの後ゆっくり身を離すとうっすらと三蔵は眼を開きソファから立ち上がった。 リビングを突っ切り部屋を出た処にある机の上に置いてあった携帯を手に取る。
淡々と話し始める声が聞こえる。内容までは聞こえて来ないが相手はきっと茶髪に金眼のあの小猿だ。 もしかすると喜び勇んでこれからやって来ると言う事も考えられる、その可能性に突然思い至る。 二人きりで過ごす週末の筈だったが俺は余計な事を言ってしまったのかも知れない。
しくじったな、思いながらも悟空が来る事を実は自分も楽しみにしている事に気が付く。


取り敢えずこの熱の灯った体をどうしようか、 考えながら先程迄の三蔵の体勢を真似するかのようにソファの背に凭れ掛かり三蔵が戻って来るのを待ちながら柔らかい感触の残る唇に煙草を銜えた。

の続き。

洋風な家の庭に石灯籠と言う異様な光景は県立図書館行く途中の道で見掛けたお家。

パステルエナメルに続く。

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