釦
最初に仕掛けて来たのは悟浄だったがその後強引に誘ったのは自分だった。
だがその時はその後の事まで考えてなどいなかったのだ。
信じられない部分に悟浄が指を沈めた時も『嘘だろ!?』と思ったし、 その後『ちょっと我慢して』と言って宛われた悟浄自身の熱を感じた時は『無理だ』と思った。
思っただけでなく実際口に出したと思うのだが其処に否応なく悟浄のモノをずるずると挿れられ後はなし崩しだった。
それが良く無かったのか、その後悟浄の中では俺と会う=寝る、と言う図式が出来上がってしまったようだった。
「明日はダチと出掛けるんで今日は泊まれないから」
泊まってけなんて一言も言ってないのに自分からそう言った悟浄が何処に行くのかなんて訊ねてやらない。 何処に、誰と、なんて口にしてやらなかったのを悟浄は気にもしていないようでそれはそれでムカつく。
会えば最後はどちらかの家に行き身体を重ねると言う関係になって暫く経つ。 こんな関係になる前は外で会う事、外で呑む事、外で食事する事が多かったが最近は最初から互いの家を訊ねて行く事が多くなった。 呑むのも互いの家、食事も自分で作るか出掛けてもせいぜい近場で済ます。 人混みが好きではない自分としてはその方が助かるのだが、 こうも関係する前と後で悟浄の態度が変わってしまうと何時でも抱ける手軽な相手をキープした程度に思われているのではないのだろうかと疑いたくなる時もある。
「どしたの?ぼんやりしちゃって」
「何でも・・・っ!」
答えの途中で悟浄が強く腰を抑え付けて来た。
「ん、あっ、ああ・・・っ」
「ホラ、ココまで入った」
バカ、そんな事口にすんじゃねえよ。
「や・・・ああアっ」
愉しそうに言いながら悟浄が腰を揺さぶって来るので抗議の言葉は声にならなかった。 良いようにペースを作られる事が悔しくて違う事を考えて気を逸らそうと試みる。
誰と、と訊ねる前に自分から「友達と」なんて言って予防線を張って来る辺りがアヤシイんじゃねえか、とか。
そもそもコイツと知り合った切っ掛けは俺の勤務する会社からコイツの勤務する会社への業務の発注だったワケだが、 普通クライアントを呑みに誘う時は一対一で誘うものでは無いがこいつは何だかんだと理由と付けては俺を呑みに誘い出した。 しかも完納になった後もこいつはしょっちゅうメール攻勢を仕掛けて来た。 知る者もいないような片田舎の出身者同士が思いがけもせず出会いでもしたら、まあ、 そう言うのもアリなのかも知れないが生憎互いの出身には全然、丸っきり、これっぽっちも共通点など無かった。
例えば、考えてもみなかった事だが自分がクライアントを個人的に呑みに誘ったりするか(しかも頻繁に)、 と想像してみたがどいつもこいつもどうも一緒に呑みに行くのはおろか誘うような雰囲気では無い。 呑みに誘う以前の問題だ。 営業職でもあれば別なのかも知れないが内勤の部署では部署全体が業者と呑みに行く必要などあるか、と言う雰囲気なのだ。
他の会社ではそう言った事は珍しくないのか・・・?と思い込もうとした時、イヤな可能性に突き当たってしまった。 もしかして、悟浄はこんな風に知り合った誰彼構わず手を出してるのではないか、と。
一見ちゃらんぽらんで浮いた話は数知れず、と言った体の悟浄が実はそれ程適当なヤツでも頭の悪い遊び人と言う訳でも無い事は知っている。 そんな訳は無いと頭では否定しようとしたが身体は素直に反応した。
「や・・・っ」
びくりと腰が跳ねたのを違う意味に捕らえた悟浄が両手で俺の腰を掴んで引き戻す。
「イ・・・ああ、・・・っ、やめ・・・っ!」
「ヤメなーいv」
「ば・・・っ離・・・う、うう・・・」
バカ野郎、本気でイヤがってんだよそれ位分かれこの激鈍男!
「こ、の・・・っ」
「なあにー?」
離せクソバカ!
抗議の言葉はハイライトの味のする唇に塞がれた。
「ザウスがさ、今月一杯で閉鎖になるだろ?」
「・・・ああ」
結局文句もロクに言えない侭好き放題されてベッドに寝転がった侭傍らで身支度を始めた悟浄に怠く答える。 脚の間にぬめる感触があって気持ち悪くて早く身体を洗いたいのだがまだ体中が軋んでいる。
それは巨大ドーム内に天然雪を降らせ一年中スキーが出来る、と言うシロモノだった。 寒くも無い時期にまでそんなモノの中へ涼みに行く物好きも結構いて一時は盛況だったのだが、 ここ数年利用者数が低迷しているそうで遂に閉鎖する事になったのだ。
「高校ン時からの友達がそこで働いててさ、無くなる前に友達連中で滑りに行こうって」
「・・・それが明日の予定か」
「うん」
・・・それを先に言えよ。
つまんねえ勘繰りしちまったじゃねえか。
「てめえなんぞ遭難して来い」
人工だろうとなんだろうと雪は雪だきっと冷え冷えだ。 人の気も知らず一人で浮かれているこいつの目出度い脳味噌もきっと良い具合に冷やされるだろう。
「なんでそゆ事言うの。っつーか人工ドームで遭難は無理だから」
そう言って振り向いた悟浄のシャツは。
「・・・おい。ボタンずれてるぞ」
ガキじゃあるまいし、そう思いながら重い体を布団から引き剥がして悟浄のシャツのボタンを掛け直すべく外し始める。
「イヤンv二度目のおねだり?」
「な・・・っ!」
ふざけた口調とは裏腹に熱の灯った悟浄の瞳をモロに覗き込んでしまい絶句する。 二度目どころじゃねえだろ、イヤ言うべき事はそれでは無い。
「つーか前も思ったけどあんた脱がし慣れてるよな」
シャツの前を全てはだけた悟浄が俺の肩を掴んで再びシーツの上に身を押し戻す。 素肌に悟浄のシャツがゆらゆらと触れる微かな感触でさえ熱の冷めきっていない身体では快楽に変わってしまいそうでひくりと身体が震える。
「前・・・?」
「覚えてない?」
首筋に顔を埋めた悟浄が口を開くと吐息が肌に降りる。歯を噛み締めて甘い声を出してしまいそうになるのを堪える。
「初めての時さ。あんた脱がしてくれたじゃん」
・・・そう言えばそんな事をしたような気がする。
鎖骨の上に軽く歯を立てる悟浄の仕草が少し苛ついている。 痛くはないがきつく噛み付いて傷を付けてしまおうかと惑いを含んで同じ箇所を行きつ戻りつしている。
「・・・悟空が。ガキの頃はしょっちゅうそんな風にだらしない着方をしていたからな」
「・・・・・・悟空?」
息を詰めながらそう言うと悟浄の動きがぴたりと止まった。
「ああ」
「なんだそっか・・・」
そう言って傍らで見てあからさまに分かる程に悟浄が安堵の溜息を吐いた。
「・・・何だ?」
「何でもなーい」
訊ねてみると誤魔化す素振りをされたので分からなかったフリをしてやる事にした。
結局俺は、悟空に対するのと同じ位かそれ以上に悟浄には甘いのだと、唇を塞がれながらそう思う。 不安に思ってるのはお前だけじゃないと、そこまで言ってやるのは流石に甘やかし過ぎだと思うので口にはしてやらないが。
「おい」
ベッドの上に身を起こし、再びシャツを身に付けようとする悟浄に声をかける。
「風呂に入ってく時間くらいあるんだろ?」
「あー、そうだよなー。指で外されただけだもんな」
「・・・あ・・・?」
考え過ぎだったよなうんうん、と一人納得してでかい独り言を言う悟浄の台詞に思わず動きが止まる。
「あーん、でも三蔵にだったら口で脱がして貰っても」
「・・・口?」
「こう、さ。口でボタン外す・・・っ!」
口を尖らせて自らの唇を指差しながら説明しようとした悟浄だったが途中でしまったと言う顔で黙り込む。
「ほお。それは結構な事だな。・・・で、てめえは何処でそんな事を仕入れて来たんだ?」
・・・今度してやっても良いかな、などと思ってしまう自分は本当はとことん悟浄に甘いのだ。
でもそれを悟られてしまうのは悔しいので精一杯、怒ったフリをしてみせる。
ああ、情けないカンジの涙目になると悟空の姿を見ているようだ、と考える。
どれだけ笑い出すのを堪えられるだろうか?