鍵穴
道端で飲み干したビールの空き缶をクズ籠に放り込んで歩き出した。
桜並木からさほど遠くない場所に悟浄の住んでいると言うマンションはあった。
「まだ飲み屋が開いてる時間じゃないから」
そんな理由で誘われた悟浄の家だがそう言われてから電車に乗って、道端で花見をして、 気が付けばもう少し時間を潰せば何処かの店が開くだろうと言う時間になっていたが、 マンションの入口まで来てしまってからそれを指摘する気にもならなかったので階段を上り始めた。 それに酒もつまみも既に買い込んでしまっているのだ。 道路に面したマンションの階段を昇っている途中で下の道路を子供が連れ立って歩きながらしりとり遊びをしているのが聞こえた。
「すいか」
「からす」
「すずめ」
「めだか」
「か、か・・・?」
「俺んち3階なんだ」
「エレベータが無いんだな」
「古いからな」
手に提げた酒屋の袋をがさがさ言わせながら、続ける言葉に困っている子供の声に重なるように悟浄が声を掛けて来た。 言われてみれば階段の手すりはこまめにペンキが塗られているようでハゲてはいなかったが確かに壁が古ぼけている。 最初目にした時何となくマンション全体がくすんで見えたのはそう言う色の壁だと言う事では無く、 建物自体が古いせいだったのかと納得する。
「カリブカフェ」
ちゃりちゃりと音を立てて鍵束を取り出し悪戯っぽく笑いながら悟浄が鍵を鍵穴に差し込んだ。 その言葉が先程のしりとり遊びの続きだと、気が付いた時はドアノブが回り重々しい音を立てドアが開かれていた。
「どうぞ」
ドアを抑えた侭入るよう促す悟浄の横をすり抜けながら
「フェリシタル」
と続けてやった。家の中は薄暗い。電気のスイッチは何処だろうと目で探していると背後でドアが閉まった。
「あ、電気ここな」
壁に手を付いて悟浄が明かりを付ける。玄関の奥はキッチンになっていた。 家に一歩踏み入っただけで生活している場が見えてしまう事に慌てて別の処に視線を投げようとするが右も左も自分のすぐ近くに壁があって視線の逃げ場が無い。
「先上がれよ」
と言われ、玄関が狭くて一人ずつしか通れないのだと気が付き靴を脱いだ。 そうか、狭いからこそ先程横を向いた時目の前が壁だったのか。
「ルクールドラメール」
俺に次いで靴を脱ぎ部屋に上がった悟浄が通り過ぎ様言う。ルに戻しやがった。少し考える。暗黙の了解で馬の名前を使う事になったこのささやかな遊び。
「こっちこっち」
言われるのについて奥の方に進む。台所の片隅には洗濯機が置いてある。その横を通り過ぎた処がリビングだった。 数歩入っただけで家の全容が分かってしまう程のコンパクトな住宅に驚く。
「ルーブルアクト」
まだ暑い季節でもないと言うのに部屋の中に湿度と熱気が籠もっている。成程これがマンションと言うものか。 俺は一戸建てにしか住んだ事が無い。サイズ的にこのリビングは6畳間なのだろうがその割に圧迫感がある。 これが話に聞く「マンションサイズ」だろう。
客間と普段生活している部屋とが兼用になっている生活感溢れる部屋に通されると少し落ち着かない。 窓を開けている悟浄の背中を視界の端に留めざっと室内を見渡すと壁に競馬カレンダーが貼ってあった。
「トウショウボーイ」
部屋の真ん中に置いてある小さい卓にビールを並べ床に直に腰を下ろしながら悟浄が続ける。 畳敷きでもない処に直に腰を下ろすのは気持ち悪かったが悟浄に倣った。
「イクノディクタス」
渡されたビールを受け取りプルタブを立てると口の端を上げて乾杯の仕草をして来たので同じように腕を伸ばし缶をぶつけながら言った。
それが合図のようにツマミも喰わず黙々とビールを飲みながら名前を繋げ続けた。
「スイートニコラシカ」
「カツラノハイセイコ」
「コバノスコッチ」
「チーフベアハート」
「トシザミカ」
「カサノバダンディ」
「ディクターランド」
ド・・・ド?
「ドミナスクリスタル」
「・・・・・・ルスナイクリスティ」
ティ?ゴールドティアラ・・・は駄目だ。ティで始まる名前・・・?
「ティンバーカントリー」
「リージェントブラフ」
フジヤマケンザ・・・いや駄目だ。
「フレンドリーエース」
「スペシャルウイーク」
「クリフジ」
「ジーティーボス」
「スギノハヤカゼ」
「ゼンノエルシド」
「ドージマムテキ」
「キクノスカーレット」
「トーアステルス」
「スーパーナカヤマ」
マは楽勝だ。
「マチカネアレグロ」
「ロバノパンヤ」
「ヤエノムテキ」
「キングマンボ」
ボ?ボ・・・。
「ボヘミアンカバリエ」
「エリモエクセル」
「ルネッサンス」
「ステイゴールド」
またドか。
「ドウカンヤシマ」
「マヤノトップガ・・・!!」
悟浄がしまった、と言う顔をした。そりゃあGI馬だ、何も考えずうっかり口に乗せてしまうだろう・・・バカが。
二人して机に突っ伏し少し笑ってから悟浄が新しいビールを寄越した。
「取り敢えず、乾杯」
「もうしりとりはやらねーぞ」

デルタの続き。

育ちの良い三蔵のお話。初めての悟浄宅訪問で馬名しりとりをする二人。
一度書き上げた後この時(2001年4月)まだデビューしていない馬の名前入れてる事に気が付いて慌てて直した。 て言うか三蔵クリフジって。
背景は左からバンブーシンバ、ノブレスオブリッジ、アインスタイン、ディバインシルバー。 名前繋がるようにしようかとか「ン」で終わる名前集にしようかとか思いましたが(笑)

ナンバリングに続く。

100題