葡萄の葉
「あちい・・・」見渡す限りの砂漠を走行し続ける中見付けたオアシス。
(八戒注:偶然見付けたのでは無く最初からこの場所を目指していたんですよ)
八戒が水の補給をしている間皆銘々に休んでいる。 少し離れた処で椰子の木に凭れて座っている三蔵は目を閉じてじっとしている。
あまり汗をかかないので知らない人間には真夏の盛りでも涼し気な顔をしていると思われる事が多いが実は三蔵は暑いのが苦手だ。
あの法衣暑そうだもんなあ・・・。
夏用の布地はそれなりに薄手のものだが何しろ三蔵は袈裟も身に付けているし更には法衣の下にジーンズまで穿いている。
因みにジーンズは三蔵法師の正装セットには含まれていない。三蔵が勝手に穿いているだけなのだが悟空はその事を知らない。
今刺客が来たらまずいかも。
『だるくて一歩も動く気力がありません』とばかりにぴくりともしない三蔵を見ていると何とか街に着いて三蔵が持ち直す迄刺客が来ないでいてくれる事を祈りたくなる。
「俺も入れてv」
声に視線を巡らせば椰子の葉が作る大きくもない木陰にいる三蔵の隣に悟浄が近付いて行く所だった。
「寄るな」
「いいじゃン」
狭い処で小競り合いをしている。この暑いのにあんなにぎゅうぎゅう押し合っていたら相当暑っ苦しいだろう。
何か変なの・・・。
悟浄は元々三蔵を怒らせるツボを心得ていると言うか、 勿論そのつもりで突っかかっている時もあるが怒らせるつもりが無い時でも何故か三蔵の怒りのメーターをいとも容易く振り切ってしまう。 それでも体調の悪そうな三蔵に口だけでなくわざわざじゃれついて行くのは悟浄らしくないと思えた。
・・・悟浄、距離の取り方がヘタになってる?
揉めている三蔵と悟浄の方を眺めていると辺りの気配が歪んだのが感じられた。 来て欲しく無い時に限って望ましく無い客は来るもので。
「ちっとは遠慮しろよっ!」
刺客達が姿を現すのと同時に如意棒を空間から召還した。
ノルマをこなしながら視線を向ければ三蔵は思った通り反応が鈍く、構えた銃も間に合わず刺客の腕が掠める寸前だった。
「三蔵っ!」
慌てて如意棒を伸ばそうとすれば悟浄の錫杖が敵の腕をなぎ払い切り取られた腕が遠くへ飛び散って行った。 間近で浴びる返り血に三蔵の髪と顔が赤く染まる。
三蔵がびくりと躰を震わせた。
敵を前にしている時の三蔵らしくない致命的な隙が生じた。だらりと降ろされた侭の腕。 再度襲いかかる刺客に今度こそ如意棒を伸ばし頭蓋を叩き割る。
残りの敵を一掃し三蔵の元へ駆け寄る。
「三蔵!」
戦闘中に隙を見せた三蔵が気になった。もしかしたらあれは返り血なんじゃかなくて怪我をしたのかも知れない。
「三蔵どっか怪我してないか!?」
「・・・うるせえ、サル」
不機嫌そうに答える声を無視して近付けば三蔵は顔の半分近くが血に染まっていた。
「・・・血が目に入ったのか?」
ごしごしと乱暴に手の甲で血をこすり落とそうとしている三蔵に悟浄が尋ねる。
「クソ河童のおかげでな」
相変わらず声音は面白くなさそうだが怪我では無いと自分に聞かせる為の返答だと分かった。
「オアシスを発つ前で良かったですね」
そうでなかったら街に着く迄血まみれでしたからね、とぞっとするような事を八戒が笑顔で言った。
「・・・洗って来る」
先程の襲撃で大分濁ってしまっているだろうが水は水だ。 水際に歩いて行く三蔵の足取りが思ったよりしっかりしていたので安心した。
「今日はここで野宿?」
野宿する場所は何処でも良い訳じゃなくて、食事の支度とかの事もあって水のある処で休むようにしているけど、 こんな砂漠ではそうそう都合良く水がある訳じゃ無いので水のある処に辿り着いたら時間が早くてもその日は行程を終了して休む事もたまにある。
「いいえ、今日中には次の街に着ける筈ですよ」
「そっか。美味いモノ食えるかな」
「小猿ちゃんはそればっかりだな」
「うるせっ」
「まあまあ。この辺りは果物が豊富らしいですよ」
「やったー」
八戒の言葉にはしゃいでみせる。本当は食べ物より街で三蔵が躰を休められる事の方が嬉しいけれどそんな事照れ臭いから言わない。
オアシスを発ちジープを西へ数時間走らせると八戒が言ってた通り街に着いた。 貿易の盛んな街らしく砂漠のまっただ中なのに割と賑わっている。
「さんぞー」
宿を取った後、庭の葡萄棚の下で涼んでいる三蔵を見付けた。 走り寄ってみればそこは日が遮られている分空気がひんやりしていて気持ち良い。三蔵は猫のように涼しい場所を見付けるのが上手だ。 だから本人は嫌がるけれど夏場は三蔵の後をついて歩くと良い。
「これ、宿の人に貰ったんだけど食わねえ?」
皿に載った葡萄を差し出す。三蔵に食べて欲しくて皿を受け取ってすぐ八戒にも悟浄にも見せないで部屋を出て来たのだ。
「また手前が食い意地張った事抜かして無理矢理出させたんだろうが」
「違うよ。サービスだってさ」
「・・・フン」
疑わしそうな視線を向ける三蔵に慌てて言い募る。 俺ってそんなにいつも食い物の事ばっかり言ってるかなあと思いながらその侭造り付けの椅子に並んで腰掛ける。 間に皿を置くと三蔵の指が伸びて来て葡萄の粒を摘んだ。長安でよく見る赤紫色のものとは違う薄い黄緑色の葡萄。 三蔵の真似をして一粒だけ手に取り陽に翳すように高く掲げてみる。
「桃源郷の外で造られたって言う葡萄酒分けて貰った事あるだろ。あれはこれから造るのか?」
名前は既に忘れてしまったが黄金色の甘い酒。
「酒を造る為のものと食う為のものは品種が違う」
「ふうん」
三蔵はもう忘れているかも知れないと思いながら言ってみたけれど覚えていたみたいだ。 返事をしながら葡萄をぱくりと口に含めば良く冷えていて甘かった。
「この辺りだとどうだか知らんがな」
「えっ、じゃあやっぱりこれで酒が出来る?」
「知るか。・・・だが前飲んだあれはこの品種じゃ出来ねえぞ」
再び葡萄に手を伸ばしている処を見ると三蔵も美味いと思っているらしい。啄むように粒を口元に運びながら三蔵が言葉を続ける。
「リースリング・アウスレーゼと言うのはリースリング種で造られたアウスレーゼと言う意味だ。 リースリングは暑い処で栽培すると味が落ちるからわざわざこんな砂漠で栽培しないだろう」
「寒い処で造るのか?」
「寒いと言っても極寒って訳じゃねえと思うが・・・。あれは徳国製だがそんな寒い国だとは聞いてないしな」
三蔵は色々な事を知っている。 物語のような桃源郷の外の世界の話を聞いていると三蔵は桃源郷の外へ行った事があるんじゃないかとさえ思う。
・・・昔、三蔵に会ったばかりの頃。夜怖い夢を見て眠れないでいると三蔵が枕元で遠い異国の話だとかを聞かせてくれた。 そんな時は怖くて不安だった気持ちも消えて話に聞き入った。
こうして今まで話に聞くだけだった遠い世界へと──勿論自分達が向かっているのはそんな物語のような遠い国ではないのだけれど──旅をしているなんて不思議な気がする。
ばたばたと喧しい足音が聞こえて来る。
あ、と思う間も無く悟浄が姿を現したので一瞬にして頭が現実に還る。
「二人だけでこんな良いトコロにいたのかよ」
にかっと笑っている顔が逆光気味だったので、しばしばと目を瞬く。
「何こっそり食ってんだ?」
眩しさに目を慣らしている僅かな時間にあっさり葡萄を発見された。 隠すつもりは無かったけど三蔵と二人だけで食べていたのを見付かってちょっと気まずい。
「もーらいっ」
「あーっ!」
驚く程の素早さで悟浄の手が皿の上の葡萄を房ごと浚い、顔の高さに持ち上げキスするように粒を直接口に含んだ。
「まだあんまり食ってなかったのに!三蔵だって・・・」
「あ?そうなの?」
抗議の声を上げると再び葡萄を口にする寸前だった悟浄が横目でこちらを見て動きを止めた。
「そうだよっ」
「あ〜その・・・ホラ」
俺と三蔵を交互に見た後バツの悪そうな表情を浮かべ、腕を突き出すようにして房を三蔵に手渡そうとする。
「いらん」
即言い捨て、三蔵はくるりと背中を向け宿へ戻って行ってしまった。
「あー・・・」
あんな風に差し出されて三蔵が受け取る訳ないじゃん、そう言おうと思って隣を見上げれば。
そこには見た事も無いような表情をした悟浄がいて驚いた。
何でそんな眼で三蔵の事を見ているの。
尋ねようとしたけど何故か口に出してはいけない気がして言えなかった。
「どした?」
そう言って再び笑った顔は矢張りいつもの悟浄で。
だから俺は疑問を口にするタイミングを逸した。