合法ドラッグ
至近距離で放たれた弾丸にそれと認識する間も無く頭蓋が砕け、
飛び散った脳漿が自分に降り注ぐかのように飛来する様がスローモーションで見えた。避ける事もせずただ目を見開いて
びしゃり
生暖かい液体の温度を感じ取る。
自らの表皮で。
「・・・・・・っ」
びくりと大袈裟に躯を震わせると同時に目覚める。
ガキの頃から何度も見た夢。 今度こそあの追い縋る腕から逃れられるのではないかと幾度も期待し裏切られその度声にならない悲鳴と共に飛び起きる。 殺されそうになった事も犯されそうになった事も一度きりでは無い。 正確には「一度や二度では無い」。 自分を捕らえようとする腕から逃れようと追い詰められひたすら逃げ続ける夢を見て飛び起きた事も、一度や二度では無い。
酷い気分だった。
自分を弱者と決め付け食い物にしようとした奴らに追い回される事も、そいつらを恐怖と憎悪の侭に殺戮する事も、 その、忌々しい夢に魘されて飛び起きる事も。何もかもが不愉快だった。
隣の寝台で眠る悟浄の方を伺うと肩に毛布をしっかり巻き付けてこちらに背中を向けている。 呼吸に合わせ規則正しく毛布が盛り上がるのを見てどうやら起こさなかったようだと小さく溜息を吐き、 寝乱れてしまった寝間着を適当に掻き合わせ煙草を袂に突っ込んで起き上がった。
宿の裏手に回り込み壁に凭れる。生温い風に髪が嬲られるのに任せ夜明け前の空に残る月を仰ぎ見ながら煙草に火を点けた。
今のご時世幾らでも陰惨な話は聞く。新聞紙面を毎日賑わしているのは街や村が正気を喪った妖怪に襲われたと言う暗い事件ばかりだ。 犯された訳でも殺された訳でもなく、 幸いな事に怪我をしても後遺症すら残った事もなく五体満足で旅を続けている自分が被害者ヅラで悪夢に震えている事に吐き気がする。 自分を犯そうとしたヤツも殺そうとしたヤツも全部殺した。自分が殺した。 野に放り棄てられた侭朽ち果てた死体は最早夢すら見る事は無い。他の誰でもない自分がそうしたのだ。 一人の人間の生命を終焉させる事はとても簡単で、 それでも自分の生命を終わらせる事が耐えられなくて自分一人を生かす代償として奪った数え切れない程の生命。 客観的に見ればどう言い訳しても自分は被害者などでは無い。 たった一つの生命を喪う事を惜しんで殺人を続けた臆病な大量虐殺者だ。
経文を探して一人で旅をしていた間はロクな宿に泊まる事も無く新聞を読む事も無かったが、 もしかしたら当時新聞をきちんと読んでいたら移動する大量殺戮犯の記事を見掛けたのかも知れない。 不思議な話だが何故か今迄そんな事全く思い付きもしなかった。 笑おうとしたが上手くいかず横隔膜がひくりと引き攣り中途半端に呼吸をしただけに終わった。
短くなった煙草を揉み消し壁に背中を預けずるずるとしゃがみ込む。
寒い。
寒さを感じる筈の無い時期なのに躯が震えると言う事は精神的な物が原因だと客観的に判断する。
無様だな、思いながら煙草を取り出す。
一本、更にもう一本。
深く煙を吸い込めば吸い込む程黒く汚れて行く肺とは裏腹に精神は落ち着いて来る。 あまりにも落ち着くので最早手離す事の出来なくなった細かく刻まれた茶色の葉の詰まった細い円筒。
ああ、俺はこんなちっぽけな物に依存してまで生きているのだ。