影法師
「三蔵法師は『神に近い者』だって言うけど、三蔵は神様が選ぶの?」「んな訳あるか。他のヤツはどうかは知らないが俺は「今日から貴方は三蔵です」って言われて継承したぞ」
「ふーん、そうなんだ」
でもお師匠だって『神に近い者』なんだから似たようなもんじゃん。悟浄は内心一人ごちた。
「三蔵の師匠もやっぱりそうやって?」
「さあな」
「さあなって」
「昔の事は聞いた事が無い」
受戒し、経文の事を伺った。それ以外の事は伝え聞いていない。
その事を説明するつもりは三蔵には無かった。
「師匠の形見を追っている」と告げてあるから三蔵の師匠が既に亡き者である事は仲間達も知っている筈だが自分が『三蔵』 を継承した晩に目の前で妖怪の手にかかって殺された事などわざわざ伝える必要は無いと思っていた。 それは酷く個人的な事だし敢えて知らせる必要の無い事柄に思えたからだ。
それきり三蔵は黙り込んだ。
三蔵との会話は一問一答である事が多い。必要であると認めた時は一文節以上話してくれるが(それだって決して長いとは言い難いが) こういった暇潰しの会話には素っ気無い反応しか返って来ない。 それは隣を歩く長髪の男の事を嫌っているとかそう言った理由では無く三蔵は誰に対しても同じように素っ気ない。
「あ、コレ4つちょうだい」
八百屋の前で悟浄は足を止めた。
「はいよ。有難う」
「これで全部だな」
受け取った果実を抱えている紙袋に突っ込みながら悟浄が確認する。
「ああ」
「じゃ、戻るか」
袋を抱え直し元来た道を戻り始めると夕陽に照らされて長い影が地面に落ちた。
こうして歩いてるとまるで仲良しさんみたいじゃん、並んだ影に視線を落とし悟浄は思う。
視線の先、自分達より先を行く影法師に眼を遣ると三蔵が空いた手で袂を探って煙草を取り出したのが分かった。
「さんぞー、煙草吸いてえ」
「ああ?」
それがどうした、と横目でこちらを見て来る三蔵に状況を説明する。
「両手塞がっちゃってるもん。煙草取ってよ」
一緒に買い出しに来たものの三蔵は形ばかりの荷物しか持っていない。重量物も全て悟浄が抱えている。 その事を済まなく思うような三蔵では無いがとにかく状況は把握出来たらしい。
「・・・・・・」
本数を控えろだの吸うなだの小煩い事を言わないでくれるのが喫煙者同士の嬉しい処だ。 三蔵は悟浄のジャケットの胸ポケットに手を突っ込むと無言でハイライトを抜き出し銜えさせてやった。 地面に落ちた影が重なる。
普段は近寄り難い三蔵だが煙草を介した時だけはこうして無造作に距離を詰めて来る。 近寄ったからと言って考えている事が分かるようになる訳では無いのだが、 近くに居る間だけは硬質な三蔵の殻がほんの少しだけ柔らいで、自分との距離を赦してくれているような錯覚を覚える。
三蔵がジッポを煙草の先に持ってきて点火すると間近に寄っていた為三蔵の睫毛にオレンジ色の炎が反射するのが悟浄にも見えた。
睫毛の下の濃紫の瞳は相変わらず無表情で何を考えているかは知れない。 錯覚は錯覚に過ぎないと思わせるに値する全てを拒む鋼のような光。
言葉に出来ない痛みを感じながらも視線を逸らさずにいると三蔵のその瞳にもライターの炎が映り込んで揺れているのが分かった。
三蔵が銜えているマルボロの煙が立ち上って来て眼に染みるが悟浄は微動だにせず、 ジッポの炎に唇に軽く挟んだだけの煙草の先を固定し強く吸い込んだ。
火が灯ったのを確認して三蔵がジッポの蓋を閉める。
「さりげなく人のジッポ仕舞うなって」
「フン」
ジッポを袂に仕舞いかけていた三蔵は鼻を鳴らすと手にしていたものを悟浄の胸ポケットへ戻した。
再び並んで歩き始める。こんな時三蔵が自分から話をする事は無いので喋るのは専ら悟浄だ。 相槌は返って来るので一応話は聞いているらしいが一歩間違えば独り言だ。 そう言えば悟空と一緒の時も一方的に喋ってんのは悟空だった、悟浄は思い出す。 他愛もない世間話をマシンガンの如く喋り続ける三蔵と言うのも怖いのでこれはこれで良いのだろう。
「知ってるか?競馬場のカーネルサンダースは勝負服着てブーツ履いてんだぜ」
「嘘つけ」
「ホントだって」
言いながら悟浄は吸い終わった煙草を指を使わない侭器用に地面に落とし自分の影ごとざりざりとブーツの底で踏み付けた。