プラスチック爆弾
がちゃりとロッカーを開錠し預けてあった荷物を手に振り向くと三蔵は反対の壁際で待っていた。
駅の大して明るくもない照明の中前髪が落とす暗い影の為表情が良く見えない三蔵はまるでマネキンのように精彩が無く見えた。通行の邪魔にならないよう離れていたのだろうと気にせずそちらに足を踏み出しても三蔵は其処に留まった侭だった。
「お待たせ」
結局自分から離れた壁際まで歩み寄り声を掛ける。 ぴくりと反応するように唇が少しだけ動くがそこから言葉が発される事は無く、 顎が少し上がったが視線は俺を捉える高さまで上がる事が無く。
「・・・おい?」
三蔵の顔が青白く見えるのは蛍光灯の鈍い灯りの所為だけで無い事に気が付いた。
「どうした?」
顔を覗き込んでも三蔵は視線を合わせる事も無く返答も無い。 数分前迄は何とも無かった三蔵の突然の変わり様に焦燥を覚え何処か休む所を・・・と思考を巡らしたが生憎ここは駅だ。
「タクるけど歩けるか?」
尋ねると言葉を発しない侭ゆっくり頷いたのでタクシー乗り場迄手を引いて歩いた。
ここからなら三蔵のマンションより俺の家の方が近い。客を降ろし終えたばかりのタクシーを捕まえ乗り込みながら行き先を告げた。
「熱は無いみたいだな」
三蔵の躰をベッドに横たえてから額に手を当てて確かめる。
「悪いな」
固く閉じられていた瞳をゆっくりと開きながら三蔵が告げる。 タクシーに乗っている間に少しづつ調子が戻って来たらしく、 先程よりは随分顔色が良くなっているがそんな事言ってる場合じゃねえだろアンタ。 謝る三蔵に苛つく自分を相手は体調が悪いのだからと諫める。
「イヤ、良いけど・・・それより俺ん家で悪いな」
「構わない」
囁くような小さな声。
「何か飲む?水とポカリどっちが良い?」
「どっちでも・・・」
冷蔵庫を開けポカリスエットを取り出し手渡す。 上半身を起こしペットボトルを受け取った後蓋を開けようとした三蔵の手が何事かを考える数瞬を置いて留まる。
「・・・悪い、水が良い」
「ミネラルウォーターは無ぇぞ」
ポカリに含まれる僅かな成分をも躰が受け付けないらしい。ただの水道水をコップに注いで渡す。
「あんたどっか躰悪いの?」
コップの中身を干す三蔵を眺めながら尋ねてみる。
「いや・・・」
「でもそう言えば朝も・・・」
水が半分残ったコップを受け取り再び横になるよう促す。
今朝もロッカーに荷物を預けて三蔵の方へ戻ってみたら同じように青白い顔をして指先が冷たくなっていた事を思い出す。 確かめるように慌てて三蔵の指を握ってみれば先程まで水の入ったコップを持っていたせいかどうか分からないが矢張り冷たい指先。
ロッカー。駅。流れる雑多な人混み。光景が脳裏を過ぎる。
「人混みが苦手・・・とか?」
「・・・人混みは嫌いだがこんな風に気分が悪くなったのは初めてだ」
「心当たりある?」
何とはなしに訊いた言葉に三蔵はぴくりと反応し・・・瞳を閉ざした。気分が悪い振りを装って感情を隠された。
「いいや・・・」
否定の言葉が吐息と共に紡がれる。
「嘘吐き」
何故そんな言葉を吐いてしまったのか分からない。
「何がそんなにイヤ?」
ベッドの上に身を乗り出し唇を奪った。
驚いたように唇を開く三蔵の顔が視界に映る。
「・・・謝らねえぞ」
全身をベッドに乗り上げ三蔵の両腕を自分の腕で押し広げシーツの上にきつく縛め噛み付くように唇を貪る。爆発しそうなココロ。 腕の下の濃紫の瞳は状況を把握していないかのように何処かぼんやりとしている。先程迄象牙のような酷い顔色をしていたのに。 こんな風に体調の悪いヤツに欲情するなんて俺はどうかしている。
「・・・駅?」
あんたが畏れているものは何なのかと呼吸の合間に問い掛ける。
ああ、まずい。こんな風に性急に距離を詰めるつもりは無かった。 もっとゆっくりあんたの気持ちが俺に傾くのを待っていようと思っていたのに。
強張る三蔵の躰。口内を侵す舌から必死に逃げようとする三蔵のそれ。舌に感じる三蔵の唾液はとてつもなく甘い。 唇を塞がれた三蔵が絡め捕られた舌の合間から言葉を紡ごうとしているが唇は離さない。
「・・・コインロッカー?」
途端に抵抗する腕の力が強まったので体重をかけてのしかかるようにして押さえ込む。 拒絶されているのを感じ胸の中の嵐が一層酷くなる。
「ふ・・・っ」
痙攣するように三蔵の腕が震えているのを見てやっとその腕と唇を解放した。 瞳を開けてみれば三蔵と俺の唇の間には唾液が糸を引き三蔵の口の端から零れ落ちた唾液がどれだけ自分が夢中だったかを悟らせた。
腕を伸ばし俺の胸を押し返すようにしながら三蔵が口を開く。 ふ、と息を吐き出しながら言葉が発される。
「・・・ロッカー・・・」
虚空を彷徨うような何処を見ているか分からない三蔵の視線。
「・・・え?」
「コインロッカーは、二度と使うな」
眉間に皺を寄せ視線を合わせない侭告げた三蔵の指先が俺のシャツの胸元に回りボタンを外そうとしている。
「三蔵・・・?」
ボタンを全て外し終え三蔵の指がするりと俺の胸を這い回る。 上半身を軽く起こし胸の飾りに三蔵が唇を寄せて来る。こり、と歯を立てて軽く噛まれた。
「・・・っ」
胸に甘い吐息を吐き掛け愛撫を加えられ思わず息を吐く。
ちょっと待てよあんた巧いじゃん。
先刻拒んでいた初心い仕草は一体何だったのか。欲情の結果行き着く行為をあんたに強要したくなくて今迄ずっと我慢してたのに。
心の中に爆弾。
この気持ちをぶつける事を赦されているのだろうか。