イトーヨーカドー
「俺、アイジンの子なのよ」
シーツの上で指を絡めながら出自の事を語ると悟浄がにかりと笑って言った。
「母親と二人暮らしだったんだけどガキの頃おふくろが事故で死んで本宅に引き取られてさ。 本妻は美人だったけどすげー気が強くて。継子イジメっての?で、この傷なワケ」
悟浄の方を向こうとすると逆に悟浄の指が俺の頬をするりと撫でた。ちょうど、悟浄の傷のある辺り。
「だけどその本妻もその後病気で死んで、何つーか親父の女運の悪さっての?」
再度腹の底の読めないような笑みを浮かべて今度は指でなく唇で頬に触れて来た。
何度も飽きる事なく躰を重ね合った後だと言うのに悟浄の唇が頬から首筋をなぞるように降りて来ても俺は拒まなかった。





初めて借りる勝手の分からない風呂場でシャワーを使った後悟浄の家を辞した。
もっとゆっくりしてけと悟浄は引き留めたが今日は悟空が来る事になっているから買い物をしておかないと、 そう言ったら「主婦」と笑われた。
まだ脚の間に違和感があってゆっくりとしか歩けない。 歩く事に集中していないとすぐに悟浄の肌や指や唇の感覚が全身に蘇って来て・・・気恥ずかしい。
悟浄が中に出したモノが風呂場に歩いて行く時に脚の間から伝い零れてきて驚いた。 風呂場で洗い流したつもりだが、まだ零れ出すのではないかと・・・そんな感覚がある。
健全な休日の午前中。往来で顔を赤くしている自分が恥ずかしくなる。
一歩一歩確かめるように足を進め辿り着くと言う程の距離でもない駅に何とか着いた。
改札横の鼠色の箱は見ないようにする。
見なければ何という事は無い。命の始まりの場所。不要な命だと置き去られた場所。ほら、大丈夫。

一駅で降りて家に向かう途中のスーパーへ向かう。あまり安くはないが家に一番近いのだから仕方無い。 いつも休日は家族連れで賑わっているその店も開店したてのこの時間は割に空いている。

牛乳と豆腐と人参と・・・エノキが安いが二パックあっても・・・

冷蔵庫の中身を思い出しながら野菜売場を物色していたらカートにぶつかられた。
子供が乗れるゴーカートのようなでかいタイプのヤツだ。 アレに子供を乗せている親はあんな凶器のような物を押しているにも関わらず結構よそ見をしている為いつか轢かれると思っていたのだが ・・・流石に今は辛い。
腰にがつんと当たる衝撃によろけて足に力を込めようとしたが上手くいかない。
通路の真ん中の特売什器にぶつかり商品の山が崩れるが辛うじて床に落とさないで済んだ。
「・・・っ」
カートを押していた母親がやっと気が付き慌てて野菜のショーケースからこちらに顔を向けた。 カートに乗っていた子供の方が先に気付いて声を上げていたのだがガキの甲高い声は悲しいかな母親には無視されていたらしい。
「あ・・・ごめんなさい」
言葉程は悪いと思っていなさそうな笑顔で母親が謝った。
「大丈夫ですか?」
「ああ・・・」
告げて足を反対方向に進める。ぺこぺこと頭を下げながらカートを押す女と擦れ違う。よそ見してるとまたぶつけんぞ。



悟空が訪ねて来る時間にはまだ早かったので会計を済ませた後少し休む事にした。 腰を下ろしてから階段横のベンチは灰皿が撤去されている事に気が付いたが移動するのも面倒だったので、 する事も無く目の前をぼんやり眺めた。

先程よりは随分客が増えて来ている。
一人で大量に買い込んで行く者もいれば一家総出で買い物に来ている者もいる。 沢山の家族。沢山の子供。どの顔も笑顔を浮かべくるくるとせわしなく動きながら買い物籠を満たして行く。 家族の為に選ばれて行く籠に山となった食料品。 店の外は晴れていると言うのに尚店内は白々とした蛍光灯で明るく照らされている。 店内にずっと流れている有線は無闇に楽しげな曲のインスト。 きゅっきゅっ、きゅっきゅっと先刻から聞こえてきているのは歩けるようになったばかりらしい幼児が履いている小さな靴の音だ。
この店で繰り広げられているのは幸せの縮図だ。
嘘臭いまでの、目も眩む程の幸福。


自分や、悟浄が混じれなかった光景。(別に混じりたくもないが)

彼等は本当に幸せなのだろうか。

何故あんな風に笑っているのだろう。



無意味な懐疑。
あまりにも無意味だ。
彼等が本当に幸せかどうか分かりもしないのに。
無意識に煙草のパッケージを手にしていた。
一本取り出そうとした処で灰皿が無い事を思い出し買い物袋を手に店の外に出れば、 灰皿横のベンチには買い物に付き添って来たものの煙草を吸えなくて外に出たと思しき父親の姿があった。


煙草を銜える。背中を丸めてベンチに座る男の横を擦り抜け歩き出す。
手に提げたビニル袋からはがさがさ言う音が聞こえる。
この中身で飯を作ってやると悟空は金色の目を大きく見開いて嬉しそうに笑うのだ。
それが幸せと言うものなのかも知れない。

プラスチック爆弾の続き。

漢字で書くと伊藤羊華堂。楽しげな題で何故こんな暗い話を・・・買い物行く度こんな事考えてる訳では無い。 ヨーカドー=明るい題と思った辺りショッピングセンター=幸せの縮図と思ってる節はある。

壊れた時計に続く

100題