肩越し
期間限定、競馬場限定のガチャガチャに金を突っ込む気になったのはほんの気まぐれだった。 その時100円玉が2枚財布に無かったら多分その場で立ち去ったと思う。 ああ、これの設置も有馬までだなあ、と思いその機械の前に立ち止まり財布を開けて100円玉の存在を確認して2枚投入した。
がたん、と言う音と一緒に転がり出したカプセルをその場で開けてみると入っていたのはかの三冠馬ナリタブライアンのピンズ。 これは結構なモノが出たなと気を良くしてもう一回チャレンジしてみるか、そう思う。 運悪く財布にはまだ100円玉が2枚入っていた。もう一度コインを機械に投入しハンドルを回す。 転がり出てきたカプセルを開ける前に視覚がピンクと紫の勝負服と白のシャドーロールを認識する。
「・・・・・・」
先程と同じくナリタブライアンのピンズが出て来た。



ダブってしまったピンズは三蔵にでもやれば良いかと気を取り直していつもの場所へ脚を向ける。 約束も何も無く、それでも其処へ行けば会えると暗黙の了解となっている場所。 目印は大袈裟なモノではなく何処にでもある灰皿。 尤も蹄鉄の模様が入っている辺り何処にでもあるとは言えず間違いなく競馬場限定だが。
冬曇りの為薄暗いスタンド内にちらちら視線を走らせながら歩くと、昏い中でも目立つ明るい金髪を見付けた。 モノでは無くあいつ自身が目印のようなもんだ。
ゆっくり近付いて行って、
「・・・ええと?」
誰ソレ?と俺に気が付いて顔をこちらに向けた三蔵に目線で問い掛けてみる。三蔵の隣に立つ茶髪の子供。 友達にしちゃあ年が離れている。弟にしては全然似ていない。
「知り合いか?」
「まあな」
俺が尋ねる前に子供も俺に気が付き三蔵に尋ねた。
「こいつは悟空。近所のガキだ」
「ガキって言うなよっ」
ムキになって言い返すうちはまだガキなんだよ。バレないよう小さく笑いながら心中でだけその悟空という子供に語り掛ける。
「ゴは・・・」
言いかけると三蔵が何か言いたげな目でこちらを見たが続ける。
「ゴールドアリュールのゴ」
「何?ゴールドアリュールって?」
きょとんとした顔で問い返して来た処見ると競馬には詳しくないようだ。
「俺は沙悟浄。競馬は初めてか?」
「あ、うん」
「よーし。今日はイロイロ教えてやるぜ」
「へへ。よろしくっ」
ちょっとお兄さんぶって言ってみたら素直に挨拶された。弟分が出来たようで少し気分が良い。
「じゃあまずはパドック見るか?」
馬が近くで見られるので初心者にはまずパドックを見せると喜ばれる為そう誘ってみる。
「パドックは先刻行った。馬主専用席があるだろ」
「?」
中山のパドックには馬主観覧専用の席がある。吹きっ晒しの場所だが。
「こいつが馬主を見てみたいって言うんでな」
「何でまた」
「先週の・・・」
三蔵がとある番組の名前を口にする。
「あ、何だ競馬の回だったのか」
スポーツ系ドキュメタリー番組で時々競走馬も取り上げるのでチェックしている競馬ファンは多い。 ・・・が忘れた頃馬の事を取り上げる。見損ねたぞチクショウ。
「フ○イチのオーナーの特集だった」
「ふーん。で、馬主は見られたか?」
「一人二人。知らない顔だったが」
「こんな平場のレースじゃな。大体今日は有名な馬主は来てないんじゃないか」
今日は大きいレースが無い日だ。大手馬主はGIクラスの大レースに自分の有力馬が出走する時程度しか競馬場に脚を運ばないだろう。 言いながらジャケットのポケットに手を突っ込むと固い手応えがあった。
「あ、そうだ。三蔵コレやるわ」
「何だ?」
そう言って素直に手を差し出して来る三蔵の掌に先程のピンズを載せてやる。
「なんだナリブーか」
さして有り難くもなさげに三蔵は受け取った。かの三冠馬を「なんだ」扱いすんなよ。
「あ、オレもさっきコレやった!」
隣から覗き込んだ悟空が三蔵の手の中のピンズを見て声を上げた。
「やる」
「お前折角やったのをすぐ人にくれんなよ!」
「お前こういうの好きだろ」
「サンキュ!」
受け取った次の瞬間には隣の人物の掌に渡されたピンズを見て抗議の声を上げる俺を無視してナリタブライアンピンズは悟空が肩から下げている布鞄に装着された。 大体礼なら俺に言うべきだろうが。そう思いピンズの取り付けられたばかりの悟空の鞄を見る・・・とそこには。
「ミスターシービー!?」
「うん、さっき回したら出た」
「これってシークレットで滅多に出ないんだぜ!?」
「そうなのか?」
「そうなのっ!」
恐らくミスターシービーが三冠馬だと言う事も、名前の由来すら知らないであろう悟空の言葉に力んで即答する。 先程渡したナリタブライアンと取り替えて欲しい位だ。
「こいつはそういう運がかなり良くてな」
俺の視線に気が付いた三蔵が説明するように呟いた。 きっと三蔵は悟空がミスターシービーピンズを引き当てた時も「良いのが出たな」位にしか言ってやらなかったのだろう。
「ミスターシービーっつったらな、府中の直線だけで後方一気で全馬ゴボウ抜きでダービーを制した凄い馬なんだよ。 俺も生で見た訳じゃないけど」
流石にそんな大昔から競馬場に通っていたりはしないので言い訳のように最後に付け加える。
「ゴボウ?」
きょとんとした表情で悟空が俺を見る。ああ・・・相手が初心者だと言う事を忘れてしまった。
「なあ。金払うからあのガチャガチャも一辺やって貰って良い?」



「じゃあコレ」
俺達に背中を向けて悟空は特設ブース内のガチャガチャの機械を選んだ。 悟空の肩越しに透明なカプセルの沢山詰まったガチャガチャが見える。今見えている、 つまり上部の方にあるカプセルに目当てのピンズが入っていてもそれはまだ出て来る順番では無い。 他のカプセルに埋もれていて中身を見る事も出来ない下部のカプセルが転がり出る順番を待って並んでいるのだ。
悟空が100円玉を機械に投入する。ナリブーでなければ何でも良いと、諦めに似た境地に至る一瞬。
がこん。
音がすると悟空が腰を屈め取り出し口に転がり出て来たカプセルを手を突っ込んで取り出した。
「あ」
ぐりぐりとカプセルを開けながら悟空が言葉を発するので「またナリブーか!?」とイヤな予感と共に悟空の手元を覗き込む。 透明な丸いケースの中には特徴のあるハミ吊りを装着した馬の絵。
「やったあ!ミスターシービーじゃん!」
オールドファンにはたまらないであろうこの一頭。
「サンキュ」
悟空からピンズを受け取って再度100円玉を2枚渡す。
「何?」
「駄賃」
「甘やかすな」
咎めるように言う三蔵の声は保護者そのものだが悟空は悪びれずコインを握り締め再度ガチャガチャに向かった。
「小遣いなんかやるんじゃねえ」
「まあ良いじゃん」
こちらに背を向けている悟空を見ながら並んで話していると悟空の後ろに列が出来始めた。結構盛況らしい。
「何が出た?」
戻って来た悟空に声を掛けると悟空は黙った侭手を差し出した。 その手に載っているピンズに書かれた文字は
「MR.CB」
「・・・・・・」
先程三蔵が言った「運が良い」と言うのはそういう意味なのだろうか。シークレットばかり3度引き当てるのはある意味凄い。 が、シークレットは3種類ある。何故その3種類を一つずつ引き当てないで同じものばかり引いてしまうのだろう。
「・・・三蔵にやれば」
ピンズを手にした侭少しガッカリした表情をしている悟空にそう言ってやるとあっ、そうかと言って三蔵の手にピンズを渡した。
「いらねえよ」
言いながらも三蔵は渋々それを受け取ってやった。何だ、三蔵もこいつには結構甘いのね。
そう思ったが、それは口に出さないでおいてやる事にした。

竜の牙の続き。

2002年限定ピンズネタ。 引いても引いてもナリタブライアンばっかり!とかシークレットのミスターシービーが何故か3つも!と言うのは実話。

ベルリンの壁に続く。

100題