アスファルト
医者に示されたのは健康な者なら有り得ない数値の白血球数。
進行が早い為骨髄移植しか無いと言われたが生憎養父は一人っ子だった。HLA型が適合する確率は兄弟姉妹同士でさえ4分の1。 稀に赤の他人でも数万人に一人の割合で適合するケースがあるらしいが10年前のこの国には他人の骨髄を移植するシステムが無く。
せめて身内であれば多少なりとも望みをかけて適合検査に臨んだものを。
然し俺は戸籍上では親子だがそれこそ血の繋がりの無い赤の他人で、 更に言うなら子供は万が一HLA型が適合しても提供者にはなれなかった。

数ヶ月の闘病後、養父は亡くなった。

何も出来なかった。

何も。







鼠色のアスファルトの上に引かれた太いラインに見るつもりも無かったのについ引き込まれるように視線を落とす。
鼠。白。鼠。白。鼠。白。
眩暈がする。ここの処やけに頭がふらついていたがこれは重症だ。
目を逸らそうとしてもあまりに広い横断歩道なので軽く背けた視線の先にも鼠と白のだんだら縞が延々と続いていて逆に浮遊感が酷くなる。
ふらりとよろけて隣を歩く悟浄に体が擦り寄って行くのを踏み止まろうと左脚に力を入れようとすれば視界がぶれ次の瞬間脚がもつれて悟浄にぶつかったので、 一瞬意識が無くなっていた事が分かった。
「どしたの。夏バテ?」
笑いながら悟浄が顔を覗き込んで来る。
「まだ夏じゃねえだろ」
「じゃ、梅雨バテ?」
自分で言って可笑しかったのか笑みを深くした悟浄に成程上手い事を言うと感心する。
額に手を当ててみれば眩暈は治まっていた。


駅前の横断歩道を渡り並んで歩く。悟浄のアパートは駅から程近い所にあった。
通りかかった飲み屋の入口の横で焼鳥を焼いて売っていたので手土産代わりに買って行く事にした。 悟空に食わせる時の量を思い出してみる。
「20本くれ」
「そんなに食わないでショ」
呆れたように悟浄が横から口を挟むので何かまずかったらしいと気付き戸惑った。
「済みませんがまだそんなに焼けてないんですよ」
店の者に言われたので量を半分にする。



テーブルの上に並んだ様々な種類の瓶ビールで乾杯する。 旅行中の兄からの土産だと悟浄が説明した後ひとしきり兄の話を聞かされる。自慢の兄らしい。
適当に相槌を打ちながらビールを飲み続けると胃が痛んだ。
この時季になると毎年体調が悪くなる。
一週・・・二週間になるだろうか、ここの所殆ど食物を胃に入れていなかったとぼんやり思い出す。
痛みを感じると自分が生きている人間なのだと改めて感じられて面白い。
自分で買った手前食いたくもない焼鳥にぽつぽつ手を出す。鳥皮とネギ。
「ネギばっか食うなよ」
「肉はお前にやる」
それ以上焼鳥を食う気にもならなかったのでピーナツを摘む。カロリーが高いので食事を受け付けない時は調度良い。 栄養剤のようなものだ。
絶食している訳ではないし摂取するものがアルコールであろうと取り敢えずカロリーを補っていれば結構人間の体は保つもので、 他人事のように毎年感心する。
皿の上に目をやれば食べ終わった焼鳥の串の先端があまりにも尖っていて点滴の針のように見えた。見間違えにしても悪趣味だ。
痛み続ける胃を無視してビールに手を伸ばす。



葬儀が終わっても坊主は帰らず生前養父に頼まれていたと告げ後見役を買って出た。 特に反対する理由も無かったので居住を寺に移した。 養父の葬儀で経をあげてくれた坊主────住職と、 副住職の朱泱は何くれとなく世話を焼いてくれたが養父の死から一年経って自分が以前の自分とは違ってしまった事を知った。


病室の薬香漂う独特の匂いを思い出す。
心配そうに伺って来る朱泱の視線を思い出す。
一過的なものと思われたこの症状は結局10年経っても治らなかった。



顔を上げた瞬間悟浄が焼鳥の串を手に取り口を開くのが見えた。がぶりと音がしそうな程勢い良く噛み付く。


強烈な餓えを感じた。
・・・肉を。食いたいのだろうか。
皿に視線を投げれば蛍光灯の光の下冷えていく肉に食指は動かず。
先程迄しきりにつまんでいたピーナツも既に胃は受け付けなくなっていた。

餓えているのは体では無かった。

狭い室内に一緒にいるこの男でも満たせない何かに、酷く、餓えていた。




「あ」
ぱらぱらと音が聞こえてくるのに合わせて悟浄が声を上げる。
「降ってきたな」
言いながら悟浄がぺたぺたと裸足の足で歩いて行き窓を開けた。
水の匂いが部屋に流れて来る。

葬儀の日紫陽花に打ち付けていた天から降りしきる水。
『故人の為に天も泣いております』
定石の陳腐な台詞。ならば今一体誰の為に雨は降りしきるのか。開け放たれた窓へ歩み寄り闇に向かって瞳を凝らす。


「なあ」


アスファルトに叩き付ける雨音の中悟浄が何かを語り掛けてきているので、俺はゆっくり振り返った。

悟浄バージョンはこちら→熱海

小説やTVにありがちなあの病気を使いやがってと不愉快になった方がいらっしゃたら申し訳ありません。
知りもしない病気の事書いたと思われるのもイヤで適当には書けず、 だからと言ってリアルに描くとこちらもイタイので控えました。
日本のような日本でないような国が舞台と言う事で。
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幅広横断歩道は東京駅出た所のあそこがモデル。凄く幅広なので場所によっては視界一面が縞々で視線の逃げ場がありません。

日本の法律では独身者は養親にはなれないので、矢張りここは日本のような日本ではない国と言う事で。

コンビニおにぎりに続く。

100題