数珠




もそもそと飯を食った後、珍しく片付けもしない侭三蔵は居間のソファに倒れ込んだ。 ここの所三蔵は何処かぼんやりした表情をしていたかと思うと横になっている事が多い。 別段体調が悪い訳でもなさそうだが仕事が大変なのだろうかと少し気に掛かる。
食器を洗い終えて食後のコーヒー(と言ってもインスタントだが)をカップに注いで持って行っても、 鼻孔をくすぐるどす黒い液体の香りにも気が付く様子も無く三蔵は眠った侭だった。
無防備に目を閉じる三蔵の寝顔は実は結構幼く見える(意外な事に)。 起こさないでおいてやるかと三蔵の分のカップをテーブルに置き、そっと近付く。
旅の間は三蔵は夜が更けて来るとうとうとと眠そうな顔をしてはいたがこんな風にうたた寝をする事は無かったな、と思う。 基本的に他人に寝顔を見せるのが嫌いなのだろう、俺達が起きている間はベッドに横になっていても狸寝入りで、 いよいよ眠くなって来ると騒ぐ俺と悟空に早く寝ろと怒鳴ってハリセンを振り回したものだ。 ジープの助手席でぐーぐー寝てる事はあったかも知れないが後部座席が定位置だった俺からは勿論寝顔なんか見えはしなかったし。
体調を崩している時は流石に周りに人の気配があっても眠り込んでいたものの、 長安へ戻ってからは気候が良いせいもあるだろうが今の所三蔵は一度も体調を崩して寝込んだりはしていない。 具合が悪くて寝てるのならともかくただの居眠りなら良いだろうと身を屈めて柔らかそうな唇に啄むように軽く触れる。
「ん・・・」
眠っている筈なのに三蔵は眉間に皺を寄せて逃げるように顔を背ける。 小さく笑って額にかかる髪を掻き上げてやってから頬を撫でる。すると。
「しゅうえい・・・」
小さな声で三蔵が呟いた。
人の名前だ。何処かで聞いたような気がするが何処だったか。聞き覚えがあると言う事は勿論俺も知っているヤツの筈だ。 ガス屋。違う。新聞の集金。これも違う。こんな風に触れられて寝言で口にすると言う事は、どういう事だろう。 「奥さん、良いじゃありませんか」「いけません、私には夫が」イヤイヤそれは昼ドラだ。大体三蔵は昼は家にはいねえぞ。
聞き間違いだったかも、そう思って再度顔を寄せて確かめるように首筋に舌を這わせる。
「しゅうえ・・・っ!」
先程よりは幾分はっきりした口調で、矢張り同じ名前を呼びながら三蔵が俺の身体を突き飛ばした。
なあ、これってどういう事?
呆然と三蔵を見つめていると、目が覚めたらしい三蔵がぼんやりと宙に視線を彷徨わせた後俺の姿を認め、途端顔を歪めた。
「・・・・・・貴様」
言うが早いか何処からともなくハリセンを取り出し握り締めた。 寝ている三蔵に悪戯をしようとしていたと思われたらしいと、その震える手を見て気が付いた。
「いや、これはちょっと!何もしてないから!」
「寝てる間に何かされてたまるかこのエロ河童っ!」
スパアアアン!
ハリセンの直撃を喰らった痛みを堪える間に、 どうやら叩かれた事が脳への刺激になったらしく先程聞いた名前がじわじわと記憶の抽斗の奥から引っ張り出されて来た。
そうだ、西への旅の間にその名前を聞いたのだった。 ヤツは「六道」と名乗っていたし街の者も「六道様」と呼んでいたからその名前をすぐに思い出せなかった訳だ。 ただ三蔵一人のみが異なる名前で、最後まで「朱泱」と呼んでいた僧衣の男。 どういういきさつでだかは知らないがヤツが首から提げていた紅玉の数珠は、三蔵のものだった。
「朱泱、ってあんたにとって何なワケ?」
「・・・何?」
「あんた今寝言で朱泱って言ったんだよ。俺がキスした時」
「っ!てめえやっぱりっ!」
「ちょっ、ちょっと待てっ!」
再度三蔵がハリセンを振り上げるのに必死に制止の言葉を掛ける。 キスなんか何かしたうちに入らねえよとか俺だったら寝てる間に三蔵が馬乗りになってたりしてくれてもOKよん、 とか言う台詞は思うだけに留めておいた。
「朱泱って人はあんたとどういう関係なんだよ」
「俺と朱泱の関係・・・?」
声を張り上げると振り下ろすのを待つばかりとなっていた三蔵のハリセンを持つ手が止まった。 何事かを言いかけて一度口を開き、それから少し考えるような間があってから答えを告げられた。
「ただの昔の知り合いりだ」
三蔵が意味もなく見え透いた言い逃れをするヤツではないと分かっていたのだが。
「キスされて寝言で名前呼ぶような知り合いか?」
詳しい事を語らないと言う事は簡単には言えないような込み入った事情があるのだろうと、 本当はすぐに分かったのだが止められなかった。
しまった、と思った時には三蔵の顔から表情が消えていた。
「悪・・・っ!」
謝罪の言葉は繰り出された三蔵の拳に殴り飛ばされた事で遮られた。






法衣の続き。

悟浄さん夜仕事(&無職の日々)の時昼の連ドラとか見てたらしい・・・。

背中に続く。



33題