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雨
「今夜は餃子なので三蔵も手伝って下さい」 ソファで寛いでいると八戒にそう宣言され仕方なく台所へと足を踏み入れた。 「今日は海鮮餃子と肉餃子です」 言いながら材料の入ったボウルを渡される。 「袖、大丈夫ですか」 「ああ」 「じゃあまずはこの中身をよく混ぜて下さい」 「・・・・・・」 混ぜろと言われても箸も何も一緒に渡されないと言う事はもしかして俺にこれを素手でこねくり回せと言う事なのだろうかと暫し中身を凝視する。 「手で混ぜないと美味しくならないんですよ。お願いしますね」 「・・・・・・分かった」 挽肉の塊の中に手を突っ込むのはイヤだと思ったのだが八戒が笑顔の侭でずっとこちらを見ているので手甲を外し仕方無しに金属製のボウルの中に手を突っ込む。 「悟空は沢山食べるので作り甲斐がありますよ」 そう言いながら俺に手伝えと言って来ていると言う事は猿の家計を逼迫する迄の大喰らいへの遠巻きな抗議だろうか。 だが猿は俺が拾った時から大喰らいだった訳で俺があんな食欲猿に育て上げた訳じゃねえ。 憮然としながら挽肉をごねごねと弄くり回すと手が脂でべたべたになって気持ち悪かった。 「三蔵と並んで食事の支度するのなんて初めてじゃないですか?」 「そうかもな」 ぺたぺたと手に張り付く程に更に気色悪くなった挽肉を言われた通り八戒の用意した皮に包み込む。 「・・・三蔵、餃子作った事があるんですか?」 俺の手元を覗き込んで八戒が尋ねる。 「・・・中に肉を入れたもんは初めてだが餃子位作った事はある」 「そうですか。道理で結構上手だなと思ったんです。旅の間、もっと食事の支度を手伝って貰えば良かったですね」 「お前が手伝えと言わなかっただけだろ」 意外そうな八戒の声音を聞けば、俺が料理など出来る訳ないと思ってそうは言わなかったのだろうと言う事が伺い知れた。 それと同様に手伝えと一度も言われなかったのでこっちだっててめえが好きで世話焼きをしてるんだと思っていたがな。 ・・・まあ実際八戒には忙しなく誰かしらの世話を焼いて手一杯になってる位が余計な事を考えないで済んで調度良かったのだろう、 あの旅の間には。 「・・・それもそうでしたね」 何が面白いんだか一瞬きょとんとした後八戒が笑う。 手伝って欲しかったんならそう言えば良かっただろう、などと過ぎた事を今更くどくど言うのは莫迦らしいので言わない事にする。 そう言えば河童も俺が初めて飯の支度をした時はこちらが不愉快になる程の奇天烈な声を上げたものだったが。 寺を出た俺が身の回りの事を自分で出来ず出戻って来るかどうか賭をしていた寺の坊主どもと言いこいつらと言い、 人の事を何だと思っていやがるんだ。 そう思った時玄関のドアが勢い良く開く音がした。 「ただいまっ!」 「お帰りなさい悟空。丁度準備終わった所ですよ」 「やったあ!・・・アレ、三蔵?」 「今日は三蔵にも手伝って貰いましたよ。さ、早く手を洗って来て下さい」 「・・・うん」 訝しげな悟空の言葉は八戒に促される事で皆まで言われる事無く終わった。 別に良いだろうがまた居たって。こうして気色悪い思いをしながらメシの支度も手伝ったんだ、今日は文句は言わせねえぞ。 (←昨日も別に誰も文句は言ってません) 八戒がぐらぐらと湯立つ鍋に餃子を放り込んでいる間に冷蔵庫から勝手にビールを取り出して飲み始める。 「あっ!俺のビール!」 ザルなくせに滅多に飲まない八戒が自分の為のビールを冷やしておく訳がないから少し考えたら分かりそうなものだったがどうやらこのビールは悟空の為に冷やされていたらしい。 寺に居た頃はこいつは酒は飲まなかったが生意気にも晩酌なんぞするようになったのか。 「大丈夫ですよ。余分に冷やしてあります」 言いながら八戒が鍋から上げたばかりの水餃子を皿一杯によそってテーブルに置く。 「そっか」 冷蔵庫を開け、安心したように言うと悟空は缶ビールを開けちびちびと飲む。そう言えば昨日は飲んで無かった筈だが。 「なあなあ三蔵。三蔵ってビールの銘柄こだわりある?」 「ああ?」 「このシール、集めて応募するとTシャツ当たるんだ!」 そう言って悟空は缶に貼ってある黄色いシールを指差した。 「要らないんだったらこの銘柄のビール買ってシールだけくれよ」 ・・・どうやらオマケ欲しさの飲酒らしい。そんなモンが欲しいなんざやっぱりこいつはまだガキだ。 「何で俺がそんな事」 「あ、三蔵も応募するのか」 「誰がっ!」 そんな懸賞モンのTシャツなんぞ要るか。 「じゃあっ、・・・うがっ!?」 「!?」 喰ったり喋くったり忙しくしていた悟空が突如うめく。 「ぎゃーっ!!から・・・っ!」 何か辛くなるようなモンが入ってたか?と訝しんでいると悟空が半泣きになりながらも言葉を発した。 「ワサビ・・・ッ!!」 「?」 「ワサビ入ってる・・・っ!」 鼻を摘みひーひー涙を流しながら悟空は必死に現状を説明した。 アルコールに弱かったのは克服したらしいがワサビが苦手なのは未だ克服していなかったらしい。 だが問題はそんな事では無い。俺は勿論そんなものを包み込んだ記憶は無い。と言うと当然八戒の仕業だと言う事になるのだが。 「済みません、考え事をしていたので間違って入れてしまったようですね」 準備しておいた答えのようにさらっと言ってのけたのを聞いて、・・・嘘だ。と思った。 それにしても八戒のヤツ、ずっと隣で餃子をくるんでいた筈だが一体何時の間にそんなもん入れたんだ・・・? 他にもワサビが入ってるのだろうかと箸を止めると俺の躊躇を読んだかの如く (と言ってもこの場合平然と喰い続ける事の出来るヤツの方が少ないだろう) 「済みません、他は大丈夫だと思うんですが」 と、よもやわざと入れたと疑うつもりではないだろうな、と牽制するかのような笑顔で言われ箸先を宙で迷わせながら皿に手を伸ばす。 自分がくるんだヤツを喰えば安全な筈だが一目で分かる程壊滅的だったり芸術的だったりするような包み方をした訳ではないのでどれが自分の包んだものだか分からない。 いや、八戒は主に海鮮の方を包んでいたから確率で言えば肉の方が多少は安全な筈だ。 「・・・げっ!?」 俺の苦悶の声に悟空が顔を上げる。 「ひゃんぞー?」 「・・・ブルーベリージャムか・・・」 コシのある皮と挽肉と酢醤油と甘ったるいジャムが口内で混じり合う超絶ミスマッチに吐き気がする。 具にジャムだけ入ってるならともかくご丁寧に挽肉の餡の中にジャムが仕込まれていた。 勿論今度のも八戒の仕業に決まっているが一体何時の間にこんなもん仕込んでいたのか思い出しても丸きり見当も付かない事が恐ろしい。 立ち上がって流しにジャム餃子を吐き出していると後ろから八戒(犯人)に声を掛けられた。 「済みません三蔵。僕とした事がちょっとぼーっとしてたようです」 絶対わざとに決まってるのに自分で「僕とした事が」なんて言う辺りが結構こいつも図々しい。 「八戒。何だよソレ。何か気になる事あんのか?」 アホ猿は自分も被害に遭ったにも関わらず八戒の事を疑っていないようだ。 八戒と一緒に暮らすにはこれ位の神経の太さが必要なのかも知れない。 「済みません。悟浄と三蔵がどうして喧嘩してるのかが気になって気になって・・・」 大袈裟に吐き出される溜息と共に言葉が告げられる。 「・・・・・・」 それはつまり。言わない限りこれからも延々とネチネチとこんな陰湿な嫌がらせを受けると、そう言う事だろうか・・・? 「そっか・・・なあ三蔵」 「うるさい」 口を水で漱ぎながら答える。 「何だよまだ何も言ってねーじゃん」 言われなくともその先の台詞なんざ分かるに決まってんだろバカ猿が。 「・・・メシを喰ったら帰る」 振り向いて八戒を睨み付けながら言うと笑顔を返された。 「これ以上何か仕掛けがなければな」 「先刻の二つだけですよ」 しれっと八戒が告げる。全くお節介なヤツだ。 「週末は鉄板焼き大会しますから悟浄も連れて来て下さいね」 帰り際、妙に浮かれた様子で八戒がそう告げた。 「・・・・・・」 「4人分準備しておきますから絶対来て下さいね」 またヘンなもん混ぜる気じゃねえだろうな、そう思って黙っていると重ねて誘われた。 「・・・河童の都合がつけばな」 「悟浄、週末はお休みですよね?」 「・・・・・・多分な」 河童のヤツ、余計な事まで喋ってんじゃねえよ。猿がいれば何人分用意してようが材料が余る事はねえだろうが、 と思ったが渋々承諾の意を伝えて辞してみれば空気に雨の匂いが混じっていた。 煙草を懐から取り出し火を点けながら空を仰げば雲に覆われ星空は見えなかった。 河童の家に真っ直ぐ帰るのは気が進まなかったが急がなければ雨に降られる事になるだろう。 「全く・・・」 天候までもが八戒の味方をしている訳でもないだろうに。 誰に聞かせるともなく忌々しい思いで小さく呟いて歩き出した。 新聞の続き。 八戒さんが応募すれば当たると思いますTシャツ。然し八戒さんの名前で出すと欲しく無かった特賞とか当たっちゃうんでしょうね。 遠い道に続く。 33題 |