新聞




いつも朝一番で捲るのは「大桃源郷新聞」だったが八戒が購読しているのは「桃源日日(にちにち)新聞」だった。 実の所新聞は読めさえすればどれでも良いと思っているので拘りはない。 寺に行けば主要紙は一通り読めるし仏教専門紙だって届く。 では何故「大桃源郷新聞」を購読しているかと言うと、あの家に越して最初に売り込みに来たのが大桃だったと言うだけだ。 だが八戒は違う。「日日が試験に一番出題されるんですよ」と、塾講師らしい理由に基づいているそうだ。



仕事を終え今日も河童の家に帰る事なく八戒の所に寄った。 ドアを開いた八戒はおや、とだけ言って何も詮索せずに俺を家に上げた。
「コーヒー炒れますね」
「ああ」
生返事をして夕刊に手を伸ばす。日日の夕刊中面は文化記事ばかりで正直あまり読んでも面白くないので斜め読みだがこんなものでも無いよりはマシだ。 長安に於いては両手に余る程の種類の新聞が発行されているが、 長安を出て人口の少ない都市に行けば夕刊の発行されていない土地と言うのも珍しく無い。 或いは全国紙の地方版が発行されていても、夕刊は発行されていなかったりする。
「悟浄、新しい仕事に就いたんですね」
少し前迄書店のベストセラーコーナーを賑わせていた作品がもう映画化か、 と紙面下方を占める広告に視線を走らせながら頁を捲ろうとするとコーヒーカップをテーブルに置きながら八戒が言った。
未だ教えた覚えのないそれを八戒が知っていると言う事は、考え得る理由は一つだ。 いやもしかしたら何かの噂話で聞いたと言う可能性も無いでも無い。 何しろあの派手な赤毛で長安中を駆けずり回っているのだ、人目にも付くだろうし噂も立つだろう。
「社員割引20%って良いですね。今度から本買う時は悟浄に頼みますね」
続けて言われた内容に、矢張り河童が此処に来たのだと言う事が分かった。
「大丈夫です。来てないって答えておきましたよ」
顔を蹙めるのに笑顔で告げる八戒には答えず片手でカップを持ち上げる。 本当は、猫舌の自分はもう暫く放ったらかしにしておいて適度に冷めた頃でないと飲めないと知りつつ。
「・・・・・・」
端に口を付けただけでも未だ自分には飲めない熱さだと分かるそれを、悔しいので一口だけでも飲んだフリをしてからテーブルに戻す。
「今度の喧嘩の原因は何なんですか?」
「喧嘩なんざしてねえよ」
言われるのに即答する。液体の端っこを少し舐めただけなのに舌がヒリヒリして浅薄な自分の行動を後悔する。
「悟浄もそう言ってたんですけどねえ」
溜息を吐きながら八戒が自分のカップの中身に口を付ける。 熱さを苦とも思わずカップを傾けるその動作に、本当は八戒のカップにだけは飲み頃に冷めたコーヒーが入っているのではないかと疑う。 八戒の炒れるコーヒーが美味い事を知っている自分は早くそれを喉に流し込みたいと思っているのだが飲めないものは仕方が無い。 痛む舌に苛つきつつテーブルの上のカップを恨みがましく眺める。
「悟浄から伝言を預かっているんですが」
「・・・何だ?」
「理由も分からない侭巻き込まれて伝言まで頼まれるのも僕としてはねえ・・・」
わざとらしくモノクルに片手を遣るのを睨み付ける。
「八戒」
しょうがないですねえ、と前置きしてから八戒は言った。
「三蔵がもし来たら謝っておいてくれ、だそうです」
「謝るって何をだ」
「さあ」
僕の方が教えてもらいたい位ですよ、と八戒は澄まして言う。
「そろそろ教えてくれても良いんじゃないですか」
「何をだ」
「喧嘩の原因ですよ」
これみよがしに溜息なんぞ吐くな。何度問われてもそんな事口にするつもりはねえ。
「喧嘩なんざしてねえ」
「そうなんですか?」
「ぶん殴った後一言も口をきいてないだけだ」
「・・・・・・・・・それを喧嘩と言うんじゃないんですか?」
何だ今の「間」は。
そろそろコーヒーを飲みたいのだがどうせ未だ冷めていないに違いない。 そう思いながらもしかしたらと再びカップを手にする。矢張りまだ熱くて飲めずに腹が立つ。 大体河童も河童だ。八戒に仲裁を頼めば丸く収めてもらえるだとか甘ったれた事考えてんじゃねえよ。 そもそも俺と朱泱との間にありもしない妄想を勝手に抱きやがってあの
「あの変態妄想河童っ!」
冷めないコーヒーを怒りを込めてテーブルに叩き付ける。
「カップ割らないで下さいね」
「・・・・・・フン」
鼻を鳴らして再度面白くもない新聞紙面に視線を戻し股票(株式)市場の終値などをチェックするが興味も無い数字の連なりなど面白いとも思える筈も無かった。






背中の続き。

上海のお寺に行った時仏教紙売ってたのですが買っておけば良かったなあ・・・どんなのだったんだろう。 ○教新聞みたいなんでしょうか。

に続く。



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