ハリセン




三蔵が帰って来ない。三蔵は今日も帰って来ない。
きっと仕事だ。たかが4日目。そう思うのにだらしなく寝そべった侭のベッドの上から起き上がれない。
どうしよう。
スプリングを軋ませごろごろしながら考える。
実は仕事なんかじゃなく自分の意思で帰って来ないのだったらどうしよう。 この侭帰って来なかったらどうしよう。
寺に行ってみれば良いだけだと言うことは分かる。
だが迎えに行って断られたらどうしよう。
普段はヘラヘラと軽薄な態度で誤魔化しているが本当は俺は差し出した腕を撥ね除けられる事が怖い。 だから来る者は拒まず去る者は追わずの態度を貫いてきた。三蔵に会う迄は。 それでうまくやっていけていた。 追いかけて行って手酷く拒絶されたらと考えると何やら胃の辺りが不快に重たくなる。


元々てめえの事なんざこれっぽっちも好きじゃねえんだよ。 あんまりてめえがしつこいから少しは言う事聞いてやっても良いかと思っただけで一生てめえと暮らす気なんかサラサラ無かったんだよ。 それを勘違いして思い上がるんじゃねえ。

実際そう言われた訳でも無いのに目の前で見て来たかの如く顔を歪める三蔵の姿までもが脳裏に浮かび激しく身体を反転させながらシーツを滅茶苦茶に抱き締める。 細くともしっかり筋肉の付いた三蔵の躯を抱き締めるのとは大違いで実体の無いシーツの中身は空っぽで抱き締めても手応えなどありはしない。

俺は三蔵の事が好きだけど三蔵は俺が思う程には俺の事を好きじゃないのだと、 突然浮かんだ考えは俺の妄想だと思うには生々し過ぎた。
何時でも身一つで出て行ける三蔵は私物を住んでいる場所に持ち込まない。 三蔵の居るのは家ですら無いただの仮の居場所。 家だと、ずっと住む場所だと思ってもいなければふらりとやって来る気にもなるだろう。 気に入らなければ次の場所を探して来た時と同じくふらりと出て行けば良いだけだ。 後腐れ無く捨てて行ける数少ない私物と同じく俺は三蔵にとって何時でも置いていけるだけの存在だと思われているような気がする。
本当は、こんな風にわざと卑屈になって考える必要はないと言う事も分かっている。 好きか、と尋ねた俺に自分は誰とでも寝る訳ではないと答えた三蔵の表情の消えた顔を覚えている。
ごろごろと転がりながら目を閉じてぎゅうぎゅうにシーツを抱き締める。
中身の入っていないシーツの空っぽな抱き心地。 本当は今抱き締めたいのは生身の三蔵なのに俺の腕の中にはただの白い布きれ。 空っぽな三蔵の部屋空っぽの三蔵。俺の抱き枕は空っぽな皺くちゃなシーツ。
今すぐ三蔵を抱き締めたい。首筋に顔を埋めて鼻先をくすぐる金糸の感触を確かめたい。額に柔らかく口付けたい。
「・・・・・・」
未練がましくシーツを抱き締めた侭数度転がった後俺は勢い良くベッドから飛び降りた。







三蔵の居場所を尋ねたら「三蔵様はおりませんが」と返された。その言葉にやっぱり仕事で留守にしていたのかと安堵した。 だが同時にそれは今日も三蔵は帰って来ないと言う事だ。
「何時帰って来るんだ?」
そう尋ねたら受付の坊主は不思議そうな顔で眉を顰めた後
「明日にはまたいらっしゃいますが」
と答えた。明日寺に戻って来るのかそれとも今日は直帰で明日寺に来ると、どちらなのかは分からなかったが取り敢えずそれだけ聞いて寺を後にした。



今日辺り三蔵が帰って来ているかもしれない、いや然しまだなのかもしれない、 そう思いながらだらだら寄り道をしつつ帰路を辿る。夕焼けに染まる街中にはそろそろ何処からか食事の匂いが漂い始めている。 食事を拵えて待っている家族の元へと帰る労働者達と、 家族の為に食事を拵える材料或いは総菜を買う人達でごった返す通りを、そのどちらにも属さない俺はゆっくりと歩く。
旅の間は上手いこと街に辿り着けた時はこんな時間には悟空が「ハラ減ったー」と喧しく騒いだものだ。 何を喰うとか考えるヒマも無く悟空が立ち止まった店屋の前で八戒が「ここで良いですか」 と一応三蔵サマにお伺いを立てるが実際の処俺達は結構小猿ちゃんには甘かったので大抵は悟空の選んだ店にその侭入った (悟空は美味い店を見付けるハナもきいてたし)。

自分で作るとなると悟空のように「何でも良いからメシー」と言う訳にはいかなくて、 今日は何にするかと考えて冷蔵庫の中身を思い出してみる必要がある。確かしなびかけた野菜が残っている他は空になりつつあった筈だ。
「ま・・・いっか」
何だったら店に喰いに行けば良いだけの事だ。久し振りに飲みに出掛けるのも良いかも知れない。そうだそうしよう。 そう思いつつ夜の街に繰り出す前に一度だけ家に戻ってみようと思う辺り我ながら女々しい。
店先で蒸している焼売の食欲を刺激する匂いの誘惑を振り切って帰り着きドアを開くと街中に漂っていたのと同じ匂いが家の中から流れて来た。
三蔵、帰って来たんだ?
飲みに行かないで良かった、そう思いながら匂いの元であろうと思われる台所を覗き込むと私服姿の三蔵がテーブルに突っ伏していた。
「おい・・・っ?」
ぎょっとして駆け寄ってみればただ眠っているだけのようだったので安心した。
よく見ると三蔵は何かの本を開いた侭その上で眠ってしまっていた。 いつも大切に読んでいる小難しい本をこんな風に扱ったらやばいんじゃないかとちらと目を遣ると、 三蔵が普段読んでいるようなものとは違いカラフルな写真がページに伏した侭の三蔵の髪と指の隙間から見えた。
料理の本・・・?
見てみると、テーブルに載っている皿の上には茄子の挟み揚げ。ガス台の上の鍋の中にはキャベツとソーセージのスープ。 片手鍋には何だか分からない煮物。
「・・・・・・」
これは、恐らく数日前に三蔵に野菜料理以外のものも作って欲しいと言った、俺の為に作ってくれたものなのだろう。 鍋の中のスープをおたまで直に口に運び、「合格」と声に出さず呟く。やっぱやれば出来んじゃん。
三蔵が起きてから一緒に食べようと思い音を立てないように静かに椅子を引き腰を降ろす。 頬杖を突いて眠る三蔵の顔を眺めていると俺の視線に反応したのか指先がぴくりと動き三蔵が目を覚ました。
「オハヨ」
「・・・・・・」
寝ぼけているのかぼんやりとそれでも不機嫌そうに顔を上げた後三蔵が気が付いたように本の上にがばっと身体を倒す。
あ、見られたくなかったんだソレ。
笑っているのを見られないよう立ち上がって背中を向ける。鍋の蓋を開けて
「三蔵、皿出すからそこ空けて」
と言うと隠してるつもりなのか両腕で本を抱えて立ち上がった。
「美味そうだな」
そう言えば面白くもなさそうに
「初めて作ったからな。味は保証しねえぞ」
と返された。
「三蔵の作ってくれたもんなら何でも美味いよ」
超豪華おもてなし料理と言う訳ではないが有名店で豪勢な料理を出されるよりも嬉しい。
「・・・勝手に言ってろ」
言い捨てて背中を向け台所を出た久し振りに見る三蔵の後ろ姿に昼間感じた抱き締めてキスしたいと言う欲望が甦る。 後をこっそりついて行き部屋に入った処で後ろから腰に腕を回して抱き締める。
「・・・何だ」
「しよっか」
耳元でそう言いながら脇腹をするりと撫で上げると三蔵の躯がびくりと震えた。 法衣はすぐ胸元に手が突っ込めるのが利点だが普通のシャツの場合捲り上げればすぐ腰に触れるのが良い。脱がすのもラクだし。
「ざけんな」
「ふざけてないって。ね」
耳たぶを甘噛みすると三蔵の肩が跳ね上がって本がばさりと音を立てて床に落ちた。 本の行方には目もくれず脇腹を撫でていた手を胸元にするりと滑らせ残りの手で三蔵のジーンズのボタンを外そうと試みる。 然し三蔵が大人しくしていたのはそこまでだった。
「ね、じゃねえんだよこのエロ河童っ!」
スパアアアン!
目的が達せられる前に、怒声と共にハリセンが頭上に振り下ろされた。






流れの続き。

前半悟浄さんのテーマソングは筋少の「人生は大車輪」。 キンショーと言われると競馬三蔵は「キンショーテガラ?」とか言いそう。 しかも「父ラグビーボール」とかさらっと即答。マイナーな馬なのに。

に続く。



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